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平和という仮設ゴールでフィニッシュするサブカル

社会系評論
02 /28 2009
今週のナルトを読んで思いを多少深くしたんですが、
最近のサブカルでは目標は「武力で平和」なんですね。
ここからいろいろネタバレするんでやまなしさんは帰ってもらえばいいんですが、
コードギアスもルルーシュが最終的には平和を目標としていましたし、
ガンダムダブルオーなんて味方側が武力で平和ですからね(2期は見てないんですが)。
というかあの枠は最近こればっかしですね。
たぶん竹田Pが今ハマってるとかその程度の理由なんでしょうけど。

「武力で平和」が好まれるポイントはどこなんでしょうかね。
一つには、程よい矛盾があるのかもしれません。
師匠の言ってる事を完全に悪用すると、
一端武力介入で混沌になる事で山を下ってる訳です。
でそれは平和から離れてるように見せかけて
実は平和というエベレストを登る前段階である、と言う事です。

「平和のためには多少の犠牲はやむを得ない」という事は
ややリアリズム寄りの意見なのかなと思います。
実際完全には否定できない部分もあり、
小戦争が大戦争を避けるための物だったりしたのは多分史実であるはずです
(具体例は学がないので出せません)。
が、よく考えたら「平和」って理想そのものなので、
アイディアリズムですね。
理想を叶えるために現実的路線を選ぶってあたりなんでしょうか。

どのあたりからサブカルでも平和が叫ばれ始めたのかが多少気になるんですが、
調べる気力がないので困ります(やる気出せ)。
ので、知ってる材料で大まかにやりますと、
オタキングがなんかなぜ敵は世界征服を目指すのかみたいな本を出してたはずです。
読んでなくてかがみさんのレビューを読んだだけなんですけど、
冒頭がナディアで庵野監督がなんでこいつら世界征服とかしたいんだ・・・
とか嘆いているシーンで始まるとかだったはずで、
世界征服って言うのは一つのスタンダードだったんじゃないかと思います。

ナディアは1990年なんで(ここは調べた)、というかもう20年近く前なんですね。
ここから5年経ってエヴァになると、エヴァの目標は心の安寧というか、
そのための自他同一化なんで、広義で言えば平和にあたるのかなと言えない事もないかなと。
でもエヴァは誰かのためにとか一切無いですから。あくまでもすべて自分のためです。

というかガンダムの存在をここで思い出したんですけど、
ガンダムはダブルオーの一期しか全部見てなくて、
seedとGガンを8話まで見て放置した程度の認識なので知らないんですが、
なんか常に争ってるイメージですね。
でも平和がゴールの争いではない・・・はずです。
逆に戦争のイヤーな所をアピールして
平和っていいよねーみたいな感じなんじゃないですかね(超適当)

でもなんかシードは割と露骨に平和とか言ってたとか言ってないとかですけど。
シードが2002年ですか、で、デスノートが2003年なんですね。
別にデスノートが「武力による平和」のエポックメイキングだとか言いたい訳ではなくて、
単に僕が思いついた中で目立ったという事です。

ライトの目標って「平和」だったと思うんですよね。
犯罪者のいない世界って多分平和な気がします。
で、そのために「デスノート」っていう武力を行使する訳で、
どう考えても「武力による平和」ですよね。
まぁライトは死んじゃったんですけど、死んだ事に関しては
個人的には因果応報だと思う訳で、
個人の判断で他人が生きるに足るかどうかを選別するって言うのは傲慢だと思うんです。

いつの間にやら定着した「武力で平和」なんですが、
結局世界征服がすり替わっただけなのかなと言うイメージがあります。
武力って言うのが昔より問題視されるようになった中で、
行使するためには「平和」というみんながなんとなく納得するものを
持ってこないと力を行使できないようになってるってことなんじゃないですかね。

これはある意味では偽善的な感じを受けるというか、
力の行使を見たときの爽快感が人にはあると思うんですけど、
それを素直に肯定できないなんやらかんやらの理由があり、糊塗してるのかなと。

「武力で平和」の中身も変わってきてると思うんですよね。
ダブルオーで言えば味方側がやってる訳で、一体どこに終着点を見出すんだろうかなぁと。
まさかおかげさまで武力で平和になりましたなんてまともな神経ならやれないですし・・・
(もっとも既にまともじゃないのかもしれないですが)

ナルトで言えばナルトが「わかんねぇ・・・」とか言ってるんですよね。
多分昔だったらそんなの知った事か!でぶっとばすとかが大いにアリだった訳で、
おそらく「武力で平和」が少なくともサブカル界では
「まともな意見」になりつつあるという状況なんでしょうね。
逆に言うと平和のためなら武力行使していいと言うコンセンサスが出来つつあるのかなと。
これはデスノートで言ったらライト圧勝エンドを肯定みたいな感じで、
なんかそっちに進んでるのかなと漠然と思います。

唐突ですが、「パクス」というのは日本語で言えば平定で、
強者による弱者を押さえつける形での戦争のない状態を指します。
要は武力で誰かがコントロールしての平和って言うのは、
押さえつけられる側の不満を残した形での平定な訳で、
そこからまた新しい争いが生まれるのは普通の話だと思います。
アメリカが世界の警察になって世界平和、って言うのを喜ぶのは日本人だけです
(いつものアメリカ批判)。

そうじゃなくても平和って言うのは達成されたら手段になる訳で、
というか目標はなんでも達成されたら手段になるんですけど、
その程度の目標なんだろうなと思ってるんですけど。

今の日本はいわゆる平和なんですけど、
この状態がゴールだとサブカルを嗜んでる方は思ってるんですかね?
それともライトみたいに些末な間違いさえ許されない
「完全な」平和を目指すつもりなんでしょうか。

それとも最早本当の平和はサブカルファンにとっては
サブカルの中にしか存在しないという事なんでしょうか。

なんだか妙に僕の心の平和がざわついてきたので、
これは終われというサインと勘違いして終了します。
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けった

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