エヴァンゲリオンとは何だったのか その6 ~非モテの庵野とリア充の庵野~

エヴァ総括
02 /06 2010
5の続きです。
エヴァで自分のコンプレックスを赤裸々に披露した庵野監督が
エヴァンゲリオン後に進んだ道は「アニメから離れる」という道でした。

エヴァ後にアニメ『彼氏彼女の事情』の監督をしましたが、
その後は映画監督として5年以上行動する事になりました。
ポイントは「なぜアニメから離れたのか」という事なのですが、
これはどこまで行ってもアニメにしか興味が持てない
自分自身に心底嫌気がさしたという事だと思われます。
だからこそアニメーションという虚構そのものから
一番遠い「実写」というリアルそのものに転向したのです。
しかしその転向とて一種の逃げでした。
(宮崎駿監督も庵野監督の映画監督への転向は
アニメからの逃げであるとの旨の発言をしています)
なぜ逃げだったのかというと、
結局一番庵野監督の才能を活かせる分野はアニメーションだからです。

結果的に庵野監督は実写の映画監督として名作を作り出す事はできませんでした。
『ラブ&ポップ』では徹底的にパンチラシーンをカットしたり(リアルさの排除)、
『キューティーハニー』ではハニメーションというアニメの要素を入れてみたりしたのですが、
これはアニメから離れられないまま実写を作っていたという事です。

要は庵野監督はむき出しのリアルそのものに耐えられない人間なんです。
そして実写って言うのはリアルさを全開にしないと人の心に届かない分野なのであり、
庵野監督は苦手な分野でずっと行動していた事になります。

庵野監督自身もアニメが得意分野だと言う事は深く自覚していたと思います。
しかしどうしてもアニメには戻ってこれなかった。
なぜかというと、再度触れる予定ですがエヴァンゲリオンで
徹底的に視聴者に「アニメから離れよ」というメッセージを発信したからです。
その張本人がアニメを作り続けるという矛盾を強く強く感じていたと言う事です。

庵野監督はエヴァ前とエヴァ後で人間関係も大幅に変わりました。
エヴァ前はガイナックスの面々、いわゆる同じアニオタの人たちとの関係が当然中心だったのですが、
エヴァ後は有名になった事もあって他業種の人たちと関係を持つようになりました。
特に演劇関係の面々と知り合いになり、対談本を出すまでになっています。

周りから見るとこれはエヴァ前とエヴァ後で庵野監督は
非モテからリア充に変わったと言う事です。
アニメ監督→実写映画監督という転身を考えれば
非モテからリア充というのも分かりやすいと思います。

しかし庵野監督にとっては前述したように失敗に終わった転身だったのですが、
大きく得たものがありました。
それが安野モヨコ先生の存在です。
いわゆるリア充になっていなかったら安野先生と結婚するなんて事はなかったと思います。

安野モヨコ先生の『監督不行届』を見れば二人がどんな感じで過ごしているのかは分かるのですが、
とにかく庵野監督がオタク丸出しです。

でもこれは安野先生と二人きりだからこそ庵野監督が見せる自分自身の本質なんです。

このオタクである本性を親に出せなかったからこそのエヴァンゲリオンであり、
庵野監督がずっとオタク性を出せない環境にあったと言う事が分かります。

庵野監督が結婚生活で得たものはコンプレックスの解消です。

マザーコンプレックスも結婚生活によって解消し、
アニオタとしてのコンプレックスも解消されたはずです。

後者がなぜ言えるかというと、再び庵野監督はアニメーションに戻ってきたからです。
逃げ続けていたシンジという主人公を描いた庵野監督が、
ようやくアニメから「逃げない」という選択肢を取ったのです。

エヴァンゲリオンは庵野監督のコンプレックスの塊でした。

それがなくなった今、庵野監督がどんな作品をアニメーションで作るのかに、
大変興味がそそられます。

次は番外編でヱヴァンゲリヲンとは何なのかを話します。
スポンサーサイト

けった

2017年はほどほどに