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大麻とはエヴァである

社会系評論
12 /21 2008
~とは~であるって直球すぎるけど仕方ないみたいな。
一度でいいから見てみたい、新春シャンソンショー、けったです(歌丸風)。
昨今の大麻ブーム(やる意味でも言挙げでも)に乗って言いたいこと言っとけと思います。
まずは賛成か反対か明確に示しておくべきなのでしょうね。

僕は大麻の吸引に関して反対します。

あのですね、賛成派の人たちは大丈夫なんですかね?
もしかしてもうトリップされてるって事を暗に示しているとしたら
それはそれで興味深いですが。

まぁでもですね、
反対派の人たちの理由がしょうもないから付け入れられてしまうんですよ。

一番駄目な反対派の理由が「健康を害するから」ですね。
これをやるとですね、「僕のカラダなんで不健康でいいので大麻吸います」
って言う人間を止められないんですね。
精神病との関連とか言ってもダメなんですよ。
病気になっても構いませんって言われて終わりなんですよ。
またこうなるとですね、水掛け論みたいな話になっちゃうんですよね。
「こういうデータが出てるから体に悪い」
「いや、大麻はこのデータでは体に悪くない」等々。

つまりですね、健康を害しないなら大麻やっていいのか?ってことですよ。
この点は後で述べるんですが、
僕はたとえ長生きできるようになるとしても大麻はダメだと思います。

ついでですが、この健康志向って言うのは現代の生命礼賛主義から来るんですね。
つまり、生きていたらそれだけで素晴らしいって考えです。
はっきり言ってそんな訳がないんですね。
それならなんでニートは批判されるんですか?
ニートは生きているから素晴らしいはずじゃないですか。
むしろストレスとか抱え込まない分長生きするかもしれないじゃないですか。
健康が一番大事なら現代の勤労は完全にマイナスですよね。
なのにどうして働くことが基本的にプラス価値で、ニートがマイナス価値なのか。

「勤労とは」とか言う話になるとまた厄介な話になるので深くは言及しませんが、
要は人は誰かのために存在するっていう価値観を良しとするってことだと思います。
この辺りの話が後からちょっと繋がってきます。

「大麻はダメだからダメ」って言うのに実は僕は賛成なんですけど、
いかんせん分かりにくいんですね。
なんにでも理屈がないと納得しないしょーもない現代人には通用しないんですよね。
「ダメだからダメ」って言うのは、つまり
「長い間ダメとされているものには理解できなくても理由がある」って事なんですね。
つまり、今まで生きてきた人たちが「大麻が流行るとマズい」って言ってるんですよ。
それをたかだか20~30年生きてきた人間が「理由が分からないから」とかいう
くだらない理屈で覆すことはできないんですよね。

「理由が分からない」と言う場合、
事象に問題があるか、当人に問題があるか、その両方かと言った所でしょうか。
人間が完全でない以上、「自分に問題がない」って言うのは
いつまで経っても言い切れないんですね。
事象に疑問を持つのも大事ですが、
自分の認識に疑問を持つのもまた重要だと指摘しておきます。

話が戻りまして、なぜ大麻がダメだと僕が思うのか。
もう直球で行かせてもらうとですね、

「大麻はひたすらに自意識を過大化させるだけだから」です。

つまり、大麻を吸った人間は他者に向けて開かれてないんですね。
そして、そんな人は人間として呼ぶに値しないと僕は考えます。

お前大麻吸ったこともないのになんで分かるんだよと言われると困るんですが、
本で吸った人の話を読んだイメージに加えて、
吸った人のことを「トリップ」と呼ぶ事から類推できるんですね。
「トリップ」って言うくらいだから、意識がどっかに行ってるんですね。
そしてそれはどこなのかって言ったら、他者と交流できないんだから自分の中なんですね。

ここでタイトルと繋がっていくんですが、
エヴァの特徴として「ひたすらに自意識だけを考える」って言うのがあるんですね。
シンジ君は延々と自分がどう思うかに囚われてるし、
アスカにしたって自分の事だけなんですね。
レイは自意識がないだろと思われるかもしれないですが、
「自分の意識を感じない」事についてずっと囚われてるという点では、
自意識について延々と考えてるのと同じなんですね。

エヴァの人たちが生きづらいのは、自分の事ばっかり考えてるからなんですよね。
エヴァで他人が出てくるときは、
「他人から自分がどう思われてるか」で、結局自分の事なんですよね。
他人がどんな気持ちでいるかみたいなことはほとんど放り出されてる訳です。

実は僕はエヴァで人生が変わった人間で、
いわゆるエヴァで哲学(笑)って蔑まれる種類の人間なんですが、
それはまた別の時に述べるとして、
今の心境としてはエヴァを擁護する気にはとてもなれないと言うのがあります。

人は自意識と他人に対して開かれた意識と両輪で成り立ってると思うんですよね。
つまり、「自分とは何か」って延々と自問自答しても辿り着けないんですね。
それが無駄じゃないですけど、それだけじゃ足りなくて、
他人との交流が必要になるはずなんですよ。
他人との違いで自分に気付くって言うのは普通のことなんですよ。

要は他人と全く交流する気のない人は人間じゃないんですよ。
大麻を吸うって言うことはコミュニケーションの拒絶を意味します。
そこが酒、タバコと違う点なんですよね。
酒、タバコも間違いなくドラッグなんです。
が、逆にコミュニケーションツールとして使われるんですね。
リラックスするという点では大麻も同じなんでしょうが、
酒、タバコは相手と違った角度で接するためのリラックスなんですよ。
それなら一人酒、一人タバコはダメなのかって言うと、
僕はあんまりよろしくないと思いますね。
ドラッグっていうのは依存がありますから。
アル中になるのは人格が無くなってしまうのでダメですね。
そーいう意味ではタバコのやり過ぎはまだマシですよね。
ガンになって死ぬだけで終わりですから。

大麻が禁止されてる理由から、
他者への関心の重要性に至るのが健全だと思うのが僕の考えです。
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けった

2017年はほどほどに

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