スポンサーサイト

スポンサー広告
-- /-- --
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

萌えとは便利なケチャップである~精神の味覚障害者に成りはてたオタク~

社会系評論
08 /13 2009
萌えについての本質的な事は難しくて分からないので、表面的な話に終始します。
最近の創作作品を料理だとすると、
萌えはメインとして扱うというよりは副次的なものだと一応捉えられます。
要は料理にかけるケチャップのようなものです。

ただのケチャップであれば使われる用途は制限されます。
要はオムライスにかけたり、チキンナゲットに付けたりという普通の使い方です。

ここに「便利」という言葉を加えるのがちょっとミソなんですが(ケチャップなのにミソ!)、
通常より便利なケチャップは何の料理にでも使えてなんでもおいしく食べられます。
つまりおいしくない料理でもおいしく頂けるという意味で
便利なケチャップは画期的な部分があります。

だから素晴らしいなんて話にする訳が当然なく、
魔法のケチャップが登場したら起こる事象は、

・料理の質の低下
・料理の方向性の画一化
・味の均一化
・受け手の受容体の画一化(味覚障害)

どすえ。(なぜか京風)

いくら便利と言ってもケチャップ味である事には変わりはないので、
どんな物でもケチャップ味になります。(味の均一化)

そうなると、全部ケチャップ味なのでまず料理の中身はなんでもよくなります。
逆に、料理の質に資本を投下するのはムダであるというのが一般的意見になり、
料理自体への予算は削られて、
人の料理の質自体の向上に対するモチベーションは低下するでしょう。(料理の質の低下)

また、ケチャップを活かす料理中心になり、
ケチャップ味にそぐわないものは自然と作られなくなります。(料理の画一化)

作り手の問題だけでなく、受け手もケチャップ味に慣らされる訳で、
ケチャップがかかっていない料理を目にした時に、
かかっていない事に対する不満や違和感を抱く事になります。
またケチャップに慣らされる事で微妙な味の変化が分からなくなります。(味覚障害)

こういった時にどんな意見が出るかというと、
隠し味としてタバスコをかけるべきではないかという意見が起こります。
それ自体は正しいのです。が、
タバスコをかけるという行為は「ケチャップ」ありきの話です。
これはケチャップをどう活かすかと言う意見であり、
ケチャップ味に疑問を呈する訳ではありません。
ケチャップの多寡やタバスコの多寡でワイワイ言っているのが今の状態です。

ケチャップ自体を否定する訳ではないんですけど、
たまにはケチャップがたっぷりかかった体に悪そうな料理を食べたいなと僕も思いますが、
何にでもかけてたら作り手も受け手も麻痺すること間違いなしです。

こういった今の萌えブームの状態ですが、
いくら便利なケチャップといえどもケチャップである以上、どこかで飽きられます。
ですので、最終的にはこういった便利なケチャップブームは終わりを告げる事になります。

便利なケチャップブームが終わったら、素材を大切にするようになるかというと、
次に新しく来るのは便利なマヨネーズブームであり、便利なソースブームです。
何故かというと受け手が味覚障害に陥っている以上、
塩やコショウだけの素材を活かした料理なんておいしくいただけないからです。
受け手はより刺激があって、より興奮できる味を求めます。
作り手もそれならファストフードの方が儲かるので安上がりな作りになります。
また作り手は裏返せば受け手である場合が多いので、
なかなか方向を変えるのは難しくなります。

こうやって分かりやすい味で延々とルーティンさせていって、
味覚障害者とグロテスクな料理を量産するのがサブカルの構造なのです(誇大妄想)。

まぁ邪悪過ぎる話になったんですけど、
これはマックのクォーターパウンダーを食べた時に
「うーん、たしかに前のよりおいしいかもしれないけど、
ケチャップがかかってたら結局同じやんけ」と思った時に思いついた話なので、
どう捉えるかはおまかせします。

リアルの味覚障害なら亜鉛を摂れば治るケースもありますが、
今回の例え話ではガマンしてケチャップを少しずつ減らし続けるしかありません。

ただそんな根気がないのがオタクなので、
オタクは死んでも治らないのかもしれませんね☆(オチ)
スポンサーサイト

けった

月曜日の夜、スカートを直した

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。