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京アニが2流でガイナが1流なワケ~00年代のアニメ業界総括~

アニメ
08 /02 2009
今日は京アニメーションが2流でガイナックスが1流な理由を、
エンドレスエイトがなぜ今のようにループしなければならなかったかを絡めて説明します。

結論としては、京アニにはクリエイターとして新しいモノを作る気概がないので2流、
ガイナにはそれがあるので1流という点です。

なぜそうなのか。

ガイナックスの方は
武田康廣『のーてんき通信 エヴァンゲリオンを創った男たち』
という本から得た知識で書いてます。

武田さんはガイナの取締役統括本部長で設立から関わっているんですが、
超簡単に言うとガイナックスは日本SF大会の運営からスピンアウトした集団です。
詳しい人からしたら略し過ぎだろと言われそうですが、
強調したい所はお祭りの運営から出てきた集団って所です。
つまりワーッって集まってハイテンションで不眠不休で作る感じです。
加えて悪ノリというか、祭りだからいいだろ!みたいな事を平気でやってくる集団です。

今もですねグレンラガンを作った時に自サイトで同時間帯だった
プリキュアのキャラを串刺しにして問題になってたりしたんですけど、
要はどこまで行ってもノリがアマチュアなんですよね。

その証拠というか、ガイナはずっと採算が赤字で、
というよりも誰も会計に興味が無くて無茶苦茶だったらしいんですね。
ナディアを作った時もゴタゴタの責任を取って引き受けたので
アニメからは制作費しか得られなかったそうです。

ガイナは始めから決まるのを嫌うというか、
作る時のライブ感を大事にするって言うのは庵野監督の手法でもあるんですが
(その場のノリで決まったりする)、
有名な話ですがエヴァはスタートする時に半分程度しかできてなくて(1年~1年半で)、
あと半年しかないんでスケジュールが詰まるのは分かってたんですよね。
ただあの最終2話はスケジュールに困ったのではなく意図的に作られたものなんですが、
要は自分達が満足できるレベルまで「ついつい」
作り込んでしまうのがガイナックスという集団なんです。
悪く言えば作り方はプロじゃないんですよ。
エヴァの内容は間違いなくファンを釣ってやろうって言うプロ的手法なんですけど、
制作に関してはやり方がアマチュアなんですよね。
ホントにみんなで一つの所に集まって不眠不休で作ってる訳です。
(少なくともエヴァの時は)
その熱気が新しいモノを作り出す土壌を生み出しているのです。
新しい価値あるモノを作り出す事がクリエイターとしての存在理由です。
だからその気概があるガイナは1流。

京アニに関してはアニメの付属してる制作過程とか話を聞いた部分から書きます。

00年度を代表する京アニの特質としては丁寧な作画と、内容で言えば鍵作品は手堅く、
はっちゃける時はオタクが喜ぶような作りにしてる所です。
細かく言うとそういうの嫌ってるオタクもいて、まぁいろいろなんですけど、
オタクが買い支えている事を熟知しているというか、誰が買うかが分かってる訳です。

エンドレスエイトがなぜこういう風になっているかというと、

①商売の部分(ハルヒは長続きした方が儲かるよね)と
②京アニの不確定なモノを嫌う社風(なので途中で変更しない)
③原作モノであるということ(なので変更できない)
④ふざけ方が悪い方に出た(らきすたの後半EDと同じパターン)

という事だと思います。

らきすたの白石エンディングも不評でしたが、結局1クールやりましたよね。
京アニの悪ふざけはTVのバラエティレベルなのをオタク風味にした感じなんですが
(白石いじりとか)、
この辺はクリエイター集団としてのコンプレックスが垣間見えるというか、
原作モノしかできない所でくすぶってるモノがあると個人的には見受けられます。

京アニは計画を(作画スケジュールとか)一回決めたら貫くしかないんですね。
たぶん利益とかも早めに確定させたがってるはずです。
京アニはおそらくホントに不確定要素を嫌う会社なんです。
逆に言うとなんでも決まらないと動けないようになってるんです(多分)。

京アニをヤマカンが追い出されたのはスケジュール管理ができなかったからなんですが、
ヤマカンはクオリティ向上のためなら残業とかもやってくれみたいなタイプの人間だと
推察されるんですが(そういう意味ではヤマカンは考え方がガイナ系)、
京アニはそんな事絶対にしない会社です。
なぜならアニメーターに女性が多く、残業や徹夜がNGになっているからです。
それ故に大げさに言えば監督としてクオリティよりもスケジュール管理が重要視されます。

「けいおん!」では監督などの中枢スタッフが初めて女性で作成されたんですが、
問題なく成功したのでこれからもこの体制は変わらないと思います。

簡単な両社の特徴

ガイナ(昔の)
・自由
・採算度返し
・オリジナルやったるで!

京アニ
・決まらないと動けない
・採算第一
・オリジナルやりたいけど原作に徹する

京アニが新しいモノを生み出せているのか?
答えはノーです。
京アニは作品で新しい事をしているように見えますが、それは形式でしかありません。
例えば時系列シャッフル(前回のハルヒ)であり、ループ(今のハルヒ)であり、
オタクが喜ぶ小ネタ(らきすた)であり。
内容ではコケないように原作モノを持ってくるしかないんですね。
内容が既製である以上既製を大きく越える表現はできません。
言ってる事は内容が一番大事なのに京アニは内容で新しいものを出せない
と言う普通のことです。

あとはですね、京アニのアニメーションで手堅く金儲けっていう発想が
最初から間違ってるんですよ。

アニメは市場規模がそんなに大きい訳でもなければ
これから発展する産業でもないんですよ。
むしろサブカルはこれから衰退していく産業だと考える方が自然です。

アニメで言えば質的ピークは確実に過ぎましたし、
(人によるが80年後半ぐらいではないかと個人的には思う)
量的ピークも去年か一昨年ぐらいがピークであとは落ちてくだけだと思います。
アニメは手堅く儲ける事に「向いてない」産業なんです。

要は京アニはまだアニメ界のフォロワーなんですよ。
いろんな人が切り拓いてきた既製のアニメ業界で儲けてるだけです。
業界を質的な面でリードするに至っていないんです。
業界自体が縮小していくから手堅くやってもジリ貧なんですよね。
社員が好きなアニメを生業にしたいだけならそれでもいいのかもしれませんが、
クリエイターって言うのは未知な分野に挑戦してこその存在じゃないんですかね?

少なくとも今の京アニにはアニメ界の未来を切り開く度量がないんですよね。
オリジナル至上主義と言われそうですが、
「儲からなくてもやってみる」という選択肢をどこかで敢えて
取らないといけないんですけど、
オリジナルやったんですけどその気概が見えないんですよね。
小金が出来たので奥底にくすぶってるクリエイター魂を
満足させる程度の事をやろうと思ったとしか思えないというか。
故に今の京アニは2流なのです。

京アニが新しい事ができるようになるには
おそらくもっと自由に使える資本が必要になるのかなと思います。
社風が保守的なので、資金的な余裕がないと思い切った事ができないんですよね。
まぁそもそも新しい事をやる気があるのかないのか分からないですけど・・・。

一方のガイナはエヴァがなかったら確実に潰れてたと思います。
なのでお金に疎いガイナを殊更持ち上げたい訳じゃないんですけど、
「新しいモノを作ろうとする熱気」がガイナにはあるんですよね。
それが社風として残っていて、グレンラガンのヒットはその一面だと思います。

つまり資本だけでも気持ちだけもダメな訳で、
両方がないと今は新しいものは作れないと言う事です。

結局勝負するのも資本力がモノを言うよねというザ・資本主義な
しょんぼりした話になってしまいましたが、
エヴァ当時のガイナは資本はなかったんですよね。

そう考えると一種の狂気がエヴァを作ったんですよね。
いくら資本主義って言ったって常に資本がある方が勝ったらムカつくじゃないですか。
だからガイナ良くやった!みたいな気持ちはあります。

まぁ資本がある方が常勝って言うのは
だいたい今そうなってるから非常にマズい事になってるんですけど、
そのあたりをホントは調整する制度が必要になると思うんですけどね。

個人的に昔のガイナックスの在り方に僕は人間味を感じてしまうという
非常にパーソナルな所に落としてこの話を終わりにしたいと思います。

ご精読ありがとうございました。
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けった

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