エヴァ いろいろ言っとけ 3

アニメ
07 /02 2009
このあたりでエヴァに対する自分の気持ちと
脳内を整理しといた方がいいかなと思うので、バリバリ更新してます。(ヒマなだけ)

ジャンプ感想サボったのもエヴァの事考えてたって言うのもあるんですよ。
それよりもネタができてなかった事の方が大きいんですけど。(バラした)

破を観に行った事は書いたんですけど、
観に行くかどうか悩んでたのはエヴァを観に行くと
疲れるというか自分と向き合わないといけないって言う昔のイメージがあったんで、
ちょっと重たいなぁと思って二の足を踏んでたんですよ。

そしたらですね、観たら重くなかったというか普通だったんですよ。
軽く酒も飲んでて仲間と観たからイベント的楽しさで楽しいって書いたんですけど
(ある種自覚的に)、当たり前なんですけど見終わった後何も残らなかったんですよ。

このあっけに取られた感じはなんなのかなと思ってたらわりかし世間が絶賛モードで、
観た身としては褒める気持ちは分かるんですけど、
96~97年の現象を知っている身としては違うだろと言いたくもなるというか、
こんなんでいいのか?のが正直な気持ちだったんですよ。
むしろ精神汚染されていた火鷹さんにシンパシーすら感じるのが現状です。

まぁいろいろ探してたら仲間がいたみたいで、2chの「破が微妙だと思う人のスレ」
の初期とかは良かったというか、そうそうみたいな感じになりました。

懐古厨モード全開なんですけど、あの頃は息を呑むような感じで見てたんですよ。
映画も観に行くのに覚悟がいるというか、
気軽な気持ちで観に行ったらとんでもない目に遭うと思ってたんです。
たかがアニメにワロスなんですけど、
真剣に悩むのが娯楽だったというか、あの当時は真剣に観てて、
真剣に悩んでたんですよね。
今考えるとアホだったなぁと思うんですけど、
でもなんかあの頃の10代後半のアホだった気持ちはそれなりに大切にしたいなと思ってて、
頑なになる訳ではないんですけど、
今の単なる娯楽として消化される一過性のヱヴァブームには
懐古厨としてノーを伝えたい訳です。

あいばさんが旧作を原典と表現してるのが面白かったので、
それを採用して僕は原典派を名乗りたいと思うんですね。
つまり、エヴァ原理主義で、新劇否定です。
これからは原典派として活動していく事をここに高らかと宣言します!(誰も聞いてない)

たいした話じゃなくて言ってみればガンダムのファーストしか認めない人と同じです。
よく分かんないんですけど多分いるでしょ?
多分メンドくさいとか言われてると思うんですけど、そうなろうかなと思うんですよね。

今起きてる現象はですね、エヴァのひたすらなる世俗化なんですね。
世俗化すると一般に拡がっていくんですが、その分、元のヤバい部分は希釈されるんです。
宗教の拡がり方もそうなんですけど、拡がっていく時は教条もライトな方向に進みます。

今までパチンコとかになってるのに気付かなかったのがなんともトンマなんですが、
若い人からしたらエヴァが一種のファッションにすらなってるんですよ。
というよりも普通の出来事なんですよね。
時間の経過と社会的拡がりで日常に組み込まれているんですよ。
90年代の奇妙な社会現象とは違って、もう普通の事なんですよ。
すでに社会的にエヴァはヤバくない存在で、
人前であけっぴろげに好きだって言えるんですよ。
あの時はエヴァは宗教とか言って拒絶する人も多くてですね、
たぶん熱狂してた人と離れていた人で別れてたんですね。
そして好きとか人前で公言は憚られてたと思うんですよ。
「エヴァおもしれー」とか気軽に言えるのがおかしいと感じる時点で
僕とか火鷹さんはすでに現状に置いて行かれてる訳です。
火鷹さんが精神汚染されるのもむべなるかなですよ。
観てて死にたくならないエヴァなんてエヴァじゃないですよ。

おそらくなんですけど、この新劇が終わるとガンダムと同じ道を歩むんじゃないですかね。
(微妙スレで言ってる人から持ってきたんですけど)
つまり新しいシリーズがどんどん作られていくと言う事です。
それがループになるのか、新しい話になるのかは分からないですけど、
ガンダムとタメを張れる所まで行くかは分からないですけど、
ロボットアニメの一分派として残って、旧作の暗さとかは
Zは暗いけどZZは明るいとかその程度の話になるんじゃないですかね。

たけくまさんとか前田有一さんとかの破の認識はちょっとズレてるなぁと
言わざるを得ないですね。
たけくまさんは庵野さんがアマチュアリズムに戻ってきたって言ってたんですけど、
新劇の方がとにかく楽しませて帰らせればいいって考えてるんでプロ的発想ですよ。
旧劇の方がアマチュアというか、オナニーと言われてもしょうがないぐらい
メッセージを入れて話をぐちゃぐちゃにした訳で、
破を見て分かったんですけど、旧作はあれ以上無い出来でサービスだったんですよ。
誰も前田さんの言う予定調和のハッピーエンドなんて望んでないはずなんです。
旧劇も解釈次第ではハッピーエンドだった訳ですし。

破は言ってみればセルフパロディですね。
なんでもパロディにしてた庵野監督の行き着く相応しいゴールというか、
パロディするものがなくなったら自分自身をパロディするしかなくなるという
当然の帰結です。

破からはですね、作り手の真剣さが伝わってこないんですよ。
むしろ「これくらいでいいだろ」っていうテキトーさだけですよ。
謎もテキトー。人物描写もテキトー。脚本もテキトー。
ひたすら上滑りするセリフ。
結構言われてますけどホント同人ですよ。
今のヱヴァを褒めてる人の気が知れないですよ。
(あの時を知らない人は別で)
まーたあいばさん否定かって話ですけど、おかしいですよ。
あいばさんは僕の2コ上だから旧作をリアルタイムで知ってる
ジャストミート世代なはずなのに、
リアルタイムにエヴァを真剣に見た人間が破を褒めちぎるなんてできないはずですよ。
破なんて単なる良くできたアニメですよ。
人間が全く書けてない。あらゆる妥協の産物でできた紛い物です。

どっちにしろキモイので全部書きますが、
今回で僕はアスカの性格が好きだったんだって分かったんですね。
今回出てきたアスカはアスカじゃないですよ。
見てくれは同じですけど、全く別人です。
アスカはどんなデメリットがあるとしても他人に迎合しないし、
弱さを見せたりしないんですよ。孤高なんですよ孤高。
(自分で言っててアニメキャラに孤高とかワロスと思うけど)
それは偏狭なプライドから来てるものなんですけど、
そういう人間的強さと弱さを兼ね備えたアスカが好きだったんです。
同じアスカが好きなのにですね、あいばさんとのこの違いは何なの?
というかあいばさんの好きなアスカって何だったんだろうって感じなんですよね。

まぁでもココまで読んだらどっちがキモイかは明確に僕なんですけど、
だいたいアニメキャラに恋なり感情移入する事自体が幼稚でキモいじゃないですか。
ただですね、その分純粋ではあるんです。
かんなぎ騒動の時も同じような話をしたのですが、
2次元のキャラは触れられない分、恋愛感情が想像とか空想に頼る部分が増えます。
よって情報が大切になるんですけど、
つまり他者に恋するのも二次元に恋するのも観念的には同じだとおもうんですよ。
アイドルに恋するのと2次元に恋するのって同じ事じゃないですか。
要はそれをどこまで自覚的にコントロールできるかできないかの話で、
そういう意味では2次元に恋って言うのは普通の事で、
僕のレベルだから~ちゃんとかそういうチョイスの方が打算的じゃないですか。
で、情報が大切になると言う事は、セリフとか仕草とかで判断しないといけない訳で、
今作のアスカと旧作のアスカを同一視してる人間は僕的におかしいと思います。

まぁアスカはどうでもいいんですけど、
微妙スレで面白かったのは「このままあの庵野がハッピーエンドにする訳がない」
とか言って疑心暗鬼に陥ってる人がいるんですよね。
Qは今までのちゃぶ台をひっくり返すに違いないとか言ってて、
確かに気持ちはよく分かるんですけど、もうそれはないと思うんですよね。
もう庵野さんだけのエヴァじゃなくなったんですね。
前からそうだったんですけど、
あの時の庵野さんにはそれをひっくり返すだけの真剣さがあったと思うというか、
というかそこだけだったんですよ。
エヴァから真剣な問答をなくしたら空ですよ。

自意識と他者の自意識は激しくぶつかり合うからこそ分かり合えた「ような」気がした時に意味がある訳で、自意識を弱める事で他者とふれあう事は馴れ合いです。
少なくとも旧作には馴れ合いをよしとするキャラは1人もいなかったと思うんですよ。
破のキャラは妙に物わかりがいいというか、なんか大人なんですよね。
大人的妥協をオタク的純粋さで否定していくのが持ち味だったと思うんですけどね。
オタクに多少意義があるとしたら、譲れない物があるって所だと思うんですよ。
まぁそれが下らないからオタクなんですけど、譲れないものは守るのが大事な訳で、
そこは譲れないんですよ。

原典派としてどう行動していくかということなんですけど、
とりあえずは飽きるまでついていって「こんなの面白くない」と言っていきます。
Qは破以下になると思ってますし、結末が原典を超えることはないでしょうが、
質の悪いファンとして文句言っていこうと思います。
そしたらまぁガンダムのファースト至上主義の人と分かり合えるかもしれないしね。

・・・いろいろ言ったけど、まぁエヴァなんてどーでもいいんだけどね。
(最後は冷静さをアッピールすることで必死さを際だたせてみた)
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