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天上界はなくならない

社会系評論
05 /14 2009
今回は「天上界オワタ」とあいばさんがマスメディアの崩壊を煽るので
ちょっと異を唱えておこうじゃないかという企画倒れです。

言葉遊びで恐縮なんですけど、
天上界はまず存在するかしないかが誰にも証明しようがありません。
もっと言うと存在すると思っている人には天上界は存在するし
存在しないと思っている人には存在しないんです。

まぁタイトルは言葉遊びで、天上界の「不在証明」は誰もできないということです。
というかですね、天上界っていわば神のおわします世界ですよね。
まぁマスメディア関連の人が見てるとも思えないのでノリノリで言うと、
マスメディアごときが天上界なワケないじゃないですか。

自分でもいじわるな意見過ぎて嫌な奴だと自覚してるんですけど、
マスメディアを天上界だと一番思っているのはあいばさん自身なんじゃないか
と言わざるを得ないんですよね。
もちろん天上界って言うのは比喩表現なのは承知してるんですけど、
あいばさんは言葉のプロな訳で、
言葉の仕分けに関しては少々厳しく言わせてもらいたいと言う事です。

だいいちインターネットで個人の力が強まったってホントなんですかね。
それだとgoogleとかヤホーとかマイクロソフトってなんなんですかね。
結局インターネットも組織に整備された環境であって、
その舞台で「個人の時代が来た!」って言ったら
セーフかアウトかで言ったらトリプルプレーだよね(ゴメン言い過ぎた)。

ネットが台頭してきてもデマで人が右往左往するのは何も変わってないわけで、
ただそのデマが光の速さで伝わるようになっただけの話だと思うんですけどね。
(要は状況は悪化している)

こんな感じであいばさんをダシにしつつ、
今回の本丸は状況に規定される思想なり言葉を吐くのは
ちょっとマズいんじゃないかと言う事です。

僕も人の事言えない部分はあるんですけど、
と言うか人は誰しも置かれている環境で考え方も変わってくるんですけど、
冗談抜きでまさか人がこんなに自分の置かれてる状況に左右されて意見が変わるとは
思ってなかった今日この頃なんですけど、
リアルで周りでもそんな感じに変わっていってるんですよ。

リアル知人曰く、「派遣がないと企業は存続できない」とか言うんですけど、
いやそうなんでしょうけど、
派遣がないと存続できない企業の在り方に疑問とか感じてないのかなと。
いや(自分で否定した)、勝手に知人の気持ちを想像すると、
派遣斬りとかの矛盾を強く感じているが故に、「痛みを感じない」方向に
考え方の舵を切って「しょうがない」と思ってる内に
それが事実だと思うようになると推察せざるを得ないんですよね。

どんだけ上から目線でボロクソ言ってるんだと
自分でも正直スマンな感じなんですけど、
これを状況の奴隷と呼ばずして一体何と呼ぶとそっと小声で叫びたいのです。

つまり環境の不自由さよりもそれによる思想の不自由さの方が遙かに問題で、
考えを「思いついている」んじゃなくて、状況に「思いつかされている」んですよね。

単にこれは組織に入ったらそうなるって言ってる訳ではなく、
孤立しても同じで、自分を甘やかす論理を組み立てて
それに無批判になるのは「ただ生きてる」事になりはしないかと言う事です。

「僕もそうなのかも知れない」という自戒は込めてるつもりなんですけど、
傷つかない方傷つかない方に進んでいるのは単に痛みに支配されてるだけで
自分が選び取ったって言わないよねってまぁ繰り返しになりました。

ちょっと話が変わるんですけど、
現代(というか昔からなのかもしれませんが)の恐ろしさは
成功という名の先頭グループを滑走しようとしたら、
「なぜ先頭グループにいる必要があるのか」と言う事を考え出すと
置いて行かれる点にあると思います。

そしてもっと恐ろしいのはこれが閉鎖空間でのグラウンド走なんですよね。
オレはあいつに1周差つけたとか2周差とか言って競ってるんですけど、
100周走ろうが1万周走ろうが結局同じ所をぐるぐる回ってるだけです。
誰もなんも変わってないのに走るのを止めたら落伍者とか落ちこぼれとか
レッテルを貼られて非人間扱いされます(極論)。

要は「考えないでただ生きてる」ことが月並みな成功の条件になってるんですね。
まぁ当たり前の話なんですけど、
ゴールが所与ならヨーイドンで全力ダッシュした人間が勝つに決まってる訳で、
「あそこが本当にゴールなのか」とか言ってたら負け組です。
イヤらしい所はこの成功って言うのが金メッキだったらいいんですけど、
妙に重みがあるもので無下に出来ないんですよね。

僕の言う事が「所詮負け組のたわごと」と言われてもまぁそうかなと思うというか、
成功したい人は成功したい訳で成功すればいいと思ってるんですけど、
「成功」についてもうちょっと自分で考えようとかそんなん(適当になってきた)。

かと言ってだったらオレはうんこをグラウンドに描くぜ!
とかやってもダメな事は明らかなので(かがみさんはキチンと否定)、
本当はグラウンドから外に出るルートを探さないといけないような気がします。

じゃあどうやって外に出るかみたいな話になるんですが、
現代人は「外に出るルートはない」と主張するのが流行りです。
確かにそうな部分はあって、外に出るルートだけトライし続けてると
どうしても生きていけない部分が出てくるので
結局グラウンドを走らないといけないんですけど、
頭の中では悶々と外に出る方法を妄想しながら
たまには試してみるのを「まぁまぁまともな生き方」としたいという主張です。

明らかに途中なんですけど、今日はこの辺で。
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けった

2017年はほどほどに

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