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個性と集性 ~野球編~

社会系評論
05 /09 2009
今日はどこの影響でもなくごくたまたま個性について考えたので述べてみたいと思います。
なぜか僕には例え話をしようとすると野球か将棋が思いつくという
俗っぽいというかしょうもない癖があるんですが、今日は野球で行きます。

野球という競技ではいろいろな個性を持った選手が集まっています。
プロ野球で仮に僕が監督だとすると、
選手は試合に出たいからおそらくいろいろなアピールをしてくるでしょう。

「俺は足が速いぜ!」

ふむ、足が速いと攻撃面では内野安打が増えるし、守備では守備範囲が広い。
代走にも使えるし、こいつはなかなか使えるかもしれん。

「俺は球が速いぜ!」

ふむ、球が速いとはピッチャーに適しているかもしれない。
守備に付かせても肩が強いから守備力が高いので守備固めでもいい。
こいつも捨てがたい。

「俺は球を遠くに飛ばせるぜ!」
「俺は球を当てるのが上手いぜ!」
「俺は球をコントロールするのが上手いぜ!」
「俺は球を変化させるのが上手いぜ!」

ああ、みんな捨てがたい。どれもこれも上手に使えば勝利に役立つじゃないか。
誰を起用するべきか悩ましい・・・

「俺は野球はイマイチだけど盛り上げるのは上手いぜ!」

成程。試合には出さないが、ベンチに一人盛り上げ役がいるのは大事かもしれない。
勝利と選手の士気には関係があるだろう。
そこそこ野球が出来る奴よりこいつをベンチに入れたほうがいいのかも。

「俺は野球はイマイチだけど観客のみんなに人気があるぜ!」

・・・うーん、人気があるか。プロ野球とて客商売。
お客さんが入らない事には生きていけない訳で、
こいつが出れば普段より人が入る。人が入った方がみんなモチベーションも高いだろう。
多少野球が下手でもメンバーに入れておいた方がいいのか・・・。
フロントもおそらくそれを望むだろうし・・・。

「俺は野球は下手だけどチームのみんなに好かれてるぜ!」

おそらく人間的にいい奴なんだろう。
しかし下手だから試合には使えない。
クビにしたい所だが、そうしたらチームの奴らはどんな反応をする?
こいつも残しておくべきなのか・・・?

うーん・・・なんかちょっと趣旨からズレてきたような・・・

「俺は野球の球でサッカーするのが上手いぜ!」

???
い、いや・・・

「俺の帽子は常に回転してるぜ!」
「俺の背番号は見る角度によって違って見えるぜ!」
「俺はみんなが理解してる野球のルールが全く分かってないぜ!!」

(ブチッ)あああ~、もうお前ら野球しろ!!野球!!

・・・と言う事だと思うんですよ。(イミフ)

おそらく比喩が下手すぎて全く伝わってないと思うんですが、
とりあえず野球という競技の中では試合に役立つ部分が個性として認められる訳で、
まぁちょっとプロ野球にしてごまかした部分があるんですけど、
「人気」って微妙じゃないですか。
多分国際大会とかだったらそんなの評価されないと思うんですけど、
プロ野球だとプラスになったりします。
ただ実力が伴わないと客寄せパンダとか呼ばれて暗に批判はされるんですけど。
最後の方はわざとトホホな事例を出したんですけど、
たしかにこいつらは部分的に見たらオンリーワンなんですけど、
僕が監督だったら世界ビックリショーとかその辺に行ってくれって感じだと思うんですよね。

要は野球というルールが決まってから個性が確定する訳で、
もし野球が「ビックリさせたら1点」とか言うルールだったら
後半の人達も個性として認められる余地があるのです。

ルールが決まらないと個性は活かしようがないというか、
そもそも存在しえないので、
簡単に「ルールは個性に勝る」としておいたほうがいいのではないでしょうか。

そうなるとルール形成についての話をしないといけないのですが、
ルールというのは一人で決める事はできず、
集団なら集団のある程度の総意が必要になります。

個性が大事ではないと言っている訳ではなく、
「個人の性質」の話をするなら「集団の性質」の話もしないとダメだよねって事です。

そう言う意味では国柄を大事にするって言うのは
お互いの「集団の性質」を大切にしようと言う話で、
ここは個性とは仕分けた方が理解するのに分かりやすいかもしれません。

知ったかぶりで言うなら、オリジナリティの語源はoriginつまり起源です。
起源とは何かというと人間が根底に持つものと捉えると、
当然人間はたくさん居るので全体の話になります。

つまりオリジナリティとは
「人間存在そのものの根底に訴えかけるその人個人の持つ方法」ということであって、
「その人個人の持つ」だけで人に訴えかけないものはオリジナリティではなく
単なる珍妙な表現です。
大切なのは訴えかける事で、
できあいの上っ面の表現は「人の根元」には訴えかけることはありません。

バットを持たずに竿だけを持ってバッターボックスに立った人間は
そこからどうやって観客の心を動かすのでしょうか。
ピッチャーに洗濯物を持たせたら服は乾くのかもしれませんが。

・・・アレ?意外と面白いかも!(最後はごまかした)
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けった

2017年はほどほどに

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