第2回けったグランプリ 参加者決定

けったグランプリセカンド
10 /31 2010
第2回けったグランプリの参加者が決まりましたので発表いたします。

出品者

J影虎さん
たくさん
なおくんさん
たびびとさん
まりもとムーなわけないじゃないさん(団体)
七瀬さん
WHさん
かがみさん
おじゃっきーさん(けった魂で作品アップ)
修都さん

投票権者

えんどうありささん
赤松さん


以上12名です。

これに事前申告なしの投票の1位に20ポイントを与えますので、
投票で配分されるポイントは140ポイント
です。

あとは、作品制作時間によるボーナスポイント

一番制作時間が短かった人→ボーナスとして10ポイント

1時間以内 10ポイント
2時間以内 9ポイント
3時間以内 8ポイント
4時間以内 7ポイント
5時間以内 6ポイント
6時間以内 5ポイント
7時間以内 4ポイント
8時間以内 3ポイント
9時間以内 2ポイント
10時間以内 1ポイント
10時間を越える作品 失格


により一番多くのポイントを得た人を優勝者とします。

作品提出締切(けった魂にアップする場合):10月30日(土)の24時まで
作品提出締切(自分のサイトにアップする場合):11月6日(土)の24時まで

となっております。
出品者のみなさま、締切厳守でよろしくお願いします。

全作品発表日:11月7日(日)12時
優勝・jony賞 結果発表日:11月12日(金)21時


です。
これからも盛り上げていきますので皆様よろしくお願いします!!

では失礼します。
スポンサーサイト

第2回けったグランプリ開催のお知らせ

けったグランプリセカンド
10 /30 2010
おばんです。

第2回けったグランプリ
(通称けったグランプリセカンド)開催をここに宣言します!!


概要

 けったグランプリとは何かの感想を持ちよって一位を決める大会です。
 出品者、投票権者、一般閲覧者による投票および
 作品制作時間別ボーナスポイントの合計で、競います。

得票・投票の仕組み

次の3点により決まります。

 ①出品者&投票権者による投票 1票 10ポイント

 ②一般閲覧者による投票(事前申請不要)

作品発表と同時に投票BOXサイトを設置いたします。
その投票サイトで閲覧者が一番気に入った作品に1票を投じてください。
そこで1位の作品に20ポイント加算されます。

 ③作品制作時間によるボーナスポイント

一番制作時間が短かった人→ボーナスとして10ポイント

1時間以内 10ポイント
2時間以内 9ポイント
3時間以内 8ポイント
4時間以内 7ポイント
5時間以内 6ポイント
6時間以内 5ポイント
7時間以内 4ポイント
8時間以内 3ポイント
9時間以内 2ポイント
10時間以内 1ポイント
10時間を越える作品 失格


表現形態

表現形態は、自由です。
動画でも絵でも文だけでも構いません。


日程・締切

 作品申込み締切、投票権申込み締切:10月11日(月)まで

 作品提出締切(けった魂にアップする場合):10月30日(土)まで
 作品提出締切(自分のサイトにアップする場合):11月6日(土)まで

 全作品発表日:11月7日(日)12時
 優勝・jony賞 結果発表日:11月12日(金)21時

賞品

 優勝

  1:優勝者の希望賞品(金額は5000円程度)
  2:けったに何かさせる権利(今のところこの3つのうちの1つ)
   ・けったが所持金5000円で優勝者の所に会いに行って、帰ってくる
   ・けったが優勝作品の題材と同じものをレビューする権利
   ・けったが優勝者が指定したものをレビューする権利
(注:けったが何をするかはさらに掲示板で意見を募集します。
   どんどん採用していきますのでご意見よろしくお願いします。)

 jony賞

  jonyさんの一番気に入った作品にjonyさんが出品者に合わせて
  コーディネイトした5000円程度の賞品をお贈りします。
  作品が失格にならなければもらえる権利がありますので、
  時間をかけたい方が狙いやすいかもしれません。

応募方法

けった魂のメールフォーム、けったのtwitterのダイレクトメール、web拍手
からご応募下さい。

出品したい方はタイトルを「けったグランプリ出品希望」でお願いします。
挨拶は要りません。

投票権が欲しい方はタイトルを「けったグランプリ投票権希望」でお願いします。
挨拶は要りません。




けったグランプリに関するご意見は、掲示板の該当スレに書き込んでください。

以上です。よろしくお願いします!


(昨年のアツい戦いはこちらから)

「もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら」の感想

書評
10 /26 2010
もしブツ


中洲のツタヤが空気読みすぎな陳列をしてたので写メってしまいました。

もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったらもしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら
(2010/10/08)
架神 恭介

商品詳細を見る


と言う訳で、架神恭介著『もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら』を購入し、
拝読させていただきました。いや、ツタヤで直に出会うのも何かの「縁」かと思いまして、
こっそり保護してきたと言う事です。
本書は表紙こそ『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』
のパクリになっていますが、本格的な仏教入門書になっております。

本書は、リアルパンクロッカーであるまなぶが謎のジジイに出会う所から本書は始まります。
そして謎のジジイと共に時空を越え、仏教の開祖達と出会い、
拳を交えることにより次第に仏教とは何か、について学んで行きます。
読者はまなぶと共に時空を旅する事により、仏教の流れを知る事ができる寸法になっています。
難しい仏教が架神さんによって噛み砕かれて分かりやすく説明されています。

とは言っても本書、かなり難しいです。
とりあえず今までの架神さんの本の中では一番難しいです。
一番分かりやすく書いてあるのに一番分かりにくいです。
何故かというと、仏教って専門用語がかなり難解なんですよね。
一切皆苦、四門出遊、降魔成道、etc・・・

1回聞いて解説を聞いただけで覚えられるほど生易しいものじゃないって事はよく分かりました。
ただ自分としては大まかな仏教の流れを知る事ができただけでもだいぶためになりました。
釈尊から始まって、龍樹、玄奘三蔵、最澄と空海、そして法然、日蓮、禅と続いて行きます。
インドで生まれて中国を経由して日本に入ってきて、そして人口に膾炙していく流れが分かります。
最澄を萌えキャラ、日蓮をギャングスタラッパーと捉えるのは架神さん独自の解釈です。
これで細かく何をしたかを覚えてなくても性質が分かるんですね。
あまり仏教を知らない自分からしたらもう最澄は萌えキャラで日蓮はギャングスタラッパーです。

「もしドラ」も「もしブツ」も両方読んだ自分からすると、
この二つは似ているようでかなり違います。
もしドラはドラッカーのマネジメントをまぶした単なる野球青春小説なのに対し、
もしブツは仏教を真剣に学んだ著者の小説風味の仏教解説書です。
お好み焼きで言えばもしブツは仏教が生地、つまりメインなのに対し、
もしドラはドラッカーがかつおぶしとか青のり程度です。

もしドラの著者は真面目にドラッカーとか勉強してないと思います。
たまたまテレビで観たんですが、もしドラの作者はネトゲで人をまとめるにはどうしたらいいかを
悩んでる時にドラッカーのマネジメントを読んだら参考になったらしく、
それで執筆に至ったらしいのですが、僕としてはネトゲかよと思わずにいられませんでした。
もしドラはいかにも放送作家らしいワンアイデアで表題10割の中身スカスカの本です。

もしドラともしブツ、どっちがためになるかと言いますと、断然もしブツです。
ですがもしドラの売れっぷりを観ていると、内容と売れるかは別物なのかもしれません。
もしブツは大学の本屋で売れそうな作品です。
もしドラぐらい売れたら素晴らしいんですが、それがどうなるかは分かりません。
ただはっきりしてるのは10年後どちらが残ってるかと言えばそれはもしブツです。
つまりもしブツはロングセラーになる可能性を秘めていると思います。
皆さんももしブツを買って仏教の奥深さに嘆息しませんか?
とお誘いして終わりにしたいと思います。

と思ったんですがここからねじっていくと、
本書はいつもネコパンチしかしてこないかがみさんにガチで殴られたような敗北感があります。
おいおい、話が違うよみたいな。

いつもかがみさんの本は焚書にすべきだと思ってますし、そう周りには指導してますし、
実際自分でも焚書にして暖を取っているんですが、
もしブツは分からなかった所があるだけに燃やしにくいんですよね。
本書はファッション仏教じゃないんですよね。ガチなんですよね。
これは僕の勝手にイメージしてるかがみさんと違うのです。

かがみさんは「所々間違ってる所がある」とか「龍樹の解釈が古い」とか
専門家とか好事家に言われたら、そんなの知るかよクソッタレーって言って
ギターでぶん殴るべきだと思うんですよね。
間違ってるのはお前らだよ(笑)みたいな感じで居丈高に振る舞って欲しいんです。
そう言う意味では非常に礼儀正しい本なのが逆に勿体ない点です。
僕はかがみさんには永久に専門家とかに評価されるようになって欲しくないんです。
奴らに命を狙われるぐらい嫌われてて欲しいんです。
延々と願望を書きましたが、是非こっちの方向を目指して
これからも邪道を邁進していって欲しいなぁと思う次第です。

ではでは、そういった所で。

けったグランプリの宣伝 その3

けったグランプリセカンド
10 /17 2010
困った。もうネタがない・・・

しょうがない。アレ(最終兵器)出すか。

じゃーん!



困った時のアドラー心理学・・・

良かった・・・この本があって本当に良かった・・・

さっそく読むぜ!


(3時間後)

うーむ・・・よく分からん。

アドラーによると、すべての悩みは対人関係の悩みに集約されるらしい・・・

確かにそっちも困ってるけど、わしゃけったGPを盛り上げたいだけなんだが・・・

もうよくわかんねーから自分なりに勝手にやるぜ!

じゃーん!



バルーンヘリコプター!

この羽に宣伝文句を書いて飛ばすのです。



カキカキ



カキカキ



カキカキ

題名、日時に加えてエロで釣るという完璧な作戦です。

では早速飛ばすぜ!



レディー、ゴー!!



大空へ羽ばたいて行きました。




Water lilies

おしまい

web拍手への返信

その他
10 /13 2010
のび太さん

エヴァ総括読んでくださってありがとうございます。
うちは普段は拍手は置いてないんですけど、
グランプリ期間だけおいているのです。
ですので返信もこんな形で。

なんというか、僕自体が最近アニメ観てないアニオタ
だと思ってて、アニオタ批判というよりは自分への戒め
みたいなニュアンスの方が強いのですよ。
自分のエヴァに対するモヤモヤした気持ちにケリを付ける
ために書いたので、これでエヴァ理解した!とかそういう風には
思ってません。正直エヴァに関してはまだ多少モヤッとしてますし、
続編もたぶん観に行くだろうし。

他のアニオタに言いたい事があるとしたらもっとアニメ全般、
アニメ周辺、アニメを取り巻く環境にも興味を持とうぜって事なのです。
今は前のめりになりすぎてて新作の視聴に忙しいというか、
あまりにも消費に傾きすぎてると思います。
知識に関しても僕より詳しい人はゴマンといるんでしょうけど、
それを整理してアニメ論まで語れる人が絶滅してるんですよね。
僕ができてるかって言ったらできてないんですけど、
せめて真似事ぐらいはしたいなと思ってます。

これからもアニメについては話す予定もあるので、
関心を持っていただければ幸いです。

けったグランプリの宣伝 その2

けったグランプリセカンド
10 /10 2010
今度こそ真面目に宣伝してきました。どうぞご覧下さい。



うっわー、どうすればいいんだ。

・・・原点に戻ろう。

原点に戻って宣伝するんだ!!

今回の宣伝:ビラを作って配る

シンプルイズベストで行くぜ。

いち

ビラを作りーの

にー

印刷しーの

さーん

50枚用意しーの

bira.jpg

ビラの内容

よし!ビラはできた!!
あとはどこで配るかだ。

うーん・・・ここだ!

天神

よーん

11.jpg



九州一の繁華街・・・まさに配るに相応しい場所だぜ。

とうっ!

55.jpg

当然カンガルー姿です。

さぁ配るぜ!

10.jpg

ろーく

受け取ってもらえないの図

7.jpg

受け取ってもらえたの図

8.jpg

配るのもラクじゃないっすわー

99.jpg

横顔が切ないの図

1時間半後

配り終わりました!!
意外と受け取ってもらえたな-。

と言う訳でけったGPは明日までが締切なんだぜ!みんなよろしくな!

けったグランプリセカンドの宣伝 その1

けったグランプリセカンド
10 /05 2010
全身全霊を賭けてけったグランプリセカンドの宣伝に行ってきました。
その一部始終をご覧下さい。




少し遅く起きた朝にはノクターンがよく似合う。
僕はいつものようにクロワッサンを口にしながら
チョコレートパウダーで風味付けされたカップッチーノをすすった。
そして小鳥のさえずりに耳をすましていると、僕はなにかに忘れている事に気付いた。

なにかとても大切でいて、それでいてイノセントな-

「そうだ」

僕は声を出すと同時に、冷蔵庫へ向かった。
開かれた冷蔵庫には、賞味期限ぎりぎりのサワークリームがあった。

「よかった」

そう言うと僕はそのサワークリームをクラッカーに付けて食べた。旨い。

お腹も満たされた所で、僕は読書を始めた。
読みかけにしていた「若きウェルテルの悩み」に手を伸ばし、
1ページずつゆっくりと読んだ。
そして僕は読みながらゲーテが居た18世紀の空を想った。
そう、それは確実にあったのだ。今は喪われてしまった空が。

そう思うと居ても立ってもいられず、2階のグランドピアノが置いてある部屋へと向かった。
ピアノの前に座ると、目を閉じた。
そして奏でた。ベートーベンの「月光」。
部屋には音楽が満ちあふれた。

僕は一通り弾き終えて満足すると、1階のリビングへと戻っていった。
いや、満足したというのには語弊がある。
僕はまるで魚の小骨が喉に刺さっているような感覚に襲われていた。

なにかを忘れている-ピュアでいて、その癖そっぽを向くような何かを-

それを思い出そうとしていると、外から騒音が聞こえた。ネットカフェの宣伝車だ。
それを聞いて僕はひどくうんざりした気持ちにさせられた。

街中に溢れる広告看板、けたたたましく自社の製品をアッピールするコマーシャル・・・
一体何度目を覆った?耳を塞いだ?
もうたくさんだ-

宣伝って言うのは、もっと穏やかで豊かで静謐で、それでいて自由で・・・
そう、母なる海のような-

海。

そうだ思い出した。

パンドラ1

パンドラ2

この箱(僕はパンドラの箱と呼んでいる)にけったGPの招待状を入れて、海へ流す。
今日はそのためにあったのだ。
思い出したが吉日、僕はナンバ走りで海へ向かった。

いざ行かん喪失の海へ-

海1

喪失の海(決して地元の海ではない)

手紙の内容はこうだ。

手紙


けったGP2への招待状
~まだ見ぬ君へ~

善なるものから生まれ悪なる存在へと堕した天使よ
片翼には暗黒を もう片翼には無垢なる血を
鎮まりたまえ 荒ぶる神よ
いざ捧げん 赤子のような我が魂
たといこの身が悪魔と呼ばれようとも
讃えよ 何者にも代え難い勇気を
憂えよ この身を縛る臆病を
幾里もの山を越え 再び相まみえる時
こう互いに讃えようではないか
「けったグランプリはじめました」と-


これを読んだまだ見ぬ「誰か」は参加してくれるだろうか、
期待と不安がないまぜになった感情で気がつくと僕は砂の上に文字を書いていた。

砂1

あっ!

砂2


僕が書いた文字は波がさらっていった。

感傷的になっている場合ではない。
僕は気を取り直して本来の目的を遂行した。

パンドラ3

これを

海2

こうして

海3

彼方へ消えた

誰も拾ってくれないかもしれない、と一瞬不安が襲った。

まぁでも、拾っちゃうんだろうなぁ、ビル・ゲイツが・・・

僕は何かを成し遂げたような、それでいて無くしたような気がして-、
とぼとぼと家まで帰ってきた。

家に帰るとポストに郵便物が入っていた。

パンドラ4

さっき海へ流したパンドラの箱ではないか。
僕はおもむろにパンドラの箱を開いた。

パンドラ5

すると中に入っていた手紙には赤文字のスタンプが押してあった。

受取人不明のため、戻します 海

フフ、波はなんでもさらっていくと思ってたら、そうでもなかったみたいね。

という訳で、誰にも拾ってもらえなかった手紙は、今も手元に残っています。

だから無駄だったって?いや、そんな事はない。

だってもうここまで読んだ貴方は、僕を知っているんですもの・・・

Fin.

(こんな感じで気軽に書いて参加しちゃいなよ☆)

けいおんはなぜ究極にして至高なのか

アニメ
10 /01 2010
けいおんが究極にして至高である事については論を俟たない。
理由を説明したい。

けいおんがけいおんたる由縁は、そのディフォルメによる物語性の獲得にある。
つまりけいおんは重要である部分を極限まで強調する事によって
物語を紡ぎ出しているのである。

そもそもマンガにおける表現とは何であろうか。
意図された一部の強調と一部の喪失である。
目は大きく描かれ、鼻はなくなる。
なぜそうなるのか。
簡単に言えば大きな瞳が良いと言う事だ。鼻は不要な物だから要らないと言う事だ。
こう描かれる事によりキャラクターはリアリティを喪失する。
が、その代わりに虚構としての物語の登場人物としての資格を得るのだ。

ではけいおんが強調しているものは何なのか。
それは友情であり、高校時代への哀愁である。
ではけいおんが喪失しているものは何なのか。
それは異性である。

けいおんの世界に異性は居て居ない事になっている。
その意味でけいおん世界に人間はいない。いるのはキャラクターである。
だがそれでいいのだ。
強調と喪失によりけいおんは虚構たる物語としての資質を得た。
それが虚構である以上どんなにそのキャラクターの心情に
リアリティを付加してもそのキャラクターが人間となる事はない。
視聴者は現実を憎み虚構を好む。それが虚構であればあるほどなお良い。
けいおんの極限たる強調とすっぽりと空いた大穴のような喪失-
けいおんが究極にして至高たる由縁である。

なぜあずにゃんはぺろぺろされないといけないのかへの一考察

あずにゃんはぺろぺろされなければあずにゃんたり得ない。
あずにゃんはぺろぺろされる事によって
愛玩動物としての地位を確立するのだ。
あずにゃんはぺろぺろされる事によってその輪郭を確かなモノにする。
あずにゃんをぺろぺろしない事は飼い猫や犬をぺろぺろしない事と同じである。
それではまるで虐待ではないか。
視聴者は大いにあずにゃんをぺろぺろし、
あずにゃんがあずにゃんたる由縁を示す必要があるのである。

このように究極で至高たるけいおんであるが、筆者は1期の1話の3分で視聴を断念した。
いや、断念せざるを得なかったのである。
筆者がけいおんを見限ったのではない。けいおんが筆者を見限ったのである。
だがそれでよいのだ。なぜならけいおんが究極にして至高なのは自明の事なので、
見て確かめる必要がないのである。分かっているのに見続けたらそれは作業になってしまうではないか。

けいおんよ、永遠たれ。それを最後の願いとして筆を置きたいと思う。
あずにゃんぺろぺろ。

けった

2017年はほどほどに