アベノミクスの怪

評論系雑感
02 /19 2013
アベノミクスとは、安倍内閣の経済政策の総称なんですが、3つの柱からなります。

1)2%以上のインフレ目標設定
2)日銀による金融緩和拡大
3)公共事業による需要追加

簡単に3つを説明すると、
1のインフレ目標設定はデフレ脱却のために意図的にインフレーションを起こすという事です。
2の日銀による金融緩和拡大は、今までより市場に出回るお金をどんどん増やしていくという事です。
3の公共事業による需要追加は説明しなくてもいいでしょう。

安倍政権に変わってからどんどんと円安・株高が進み、
輸出関係の会社や大企業は今までに較べると儲かっている訳ですが、
結論から言うとアベノミクスは失敗に終わるでしょう。

これらの諸政策なんですが、インフレターゲット以外は特に目新しさはありません。
金融緩和も公共事業も以前の自民党がずっとやって来たことです。
それでもデフレは終わりませんでした。

インフレターゲットは導入している国も結構あるのですが、明確な成功例がありません。
導入しても行き過ぎてハイパーインフレにはならないという確かな意見はあるのですが、
成功したと言う話はないのです
(成功してるという意見もあるが、
そもそもしなかった場合と参照する事ができないので確かめようがない)。

結局今の円安・株高は本格的な景気回復ではなく、期待によるものです。
期待で舞い上がって景気がコロコロ変わる事自体がおかしいと思うのですが、
円安・株高だからと言って順調に景気が回復してる証拠にはなりません。

日本の経済政策が失敗に終わるのは別に安部総理のせいではありません。
近代に入ってから言われている市場中心主義に世界がのめりこんでいるからです。
市場に活力があればそれで幸せになれると言われてきたのですが、
市場だけに任せてるといろいろ問題が起こることは明らかです。
市場からあぶれた失業者がたくさんいるじゃないですか。
むしろ今は政府中心の公共サービスが必要とされています(教育など)。
公共サービスで雇用創出しないといけないはずなのに、
それを構造改革と言って削減、削除してきたのが平成日本の姿なのでした。

だから安倍内閣は明確に平成からの改革を否定して、
日本の伝統的な終身雇用、年功序列、企業別組合を
復活させる方向に舵を切らなければなりません。

それを行うためには、民主主義である以上日本国民が考えを改めなければなりません。
そのためにはこれまでのような政治家のマスコミ主導の印象操作に乗らない必要があります。

国民が成熟しないと何をやってもダメです。
アベノミクスが失敗に終わると見ているのは日本国民がダメダメだと思っているからです。

僕自身もダメダメなのですが、
まずはそこを自覚してじっくり日本の将来を考える必要があるのではないでしょうか。
その点を指摘して終わりにします。
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本当に大切なことはすべてサブカルが教えてくれた

評論系雑感
08 /09 2011
タイトルは言い過ぎなんですが、簡単に人生を振り返ってみても
サブカルから学んだことは多かった気がします。

僕で言うと「風の谷のナウシカ」は自然と人間について教えてくれましたし、
「新世紀エヴァンゲリオン」は自意識、特にこれからどう生きていくかについて教えてくれました。
そしてジャンプは感想を通じて、仲間に出会うことができました。

僕より一回り下の世代で言えば、「ワンピース」が勇気、
友情の大切さについて教えてくれているのだろうし、
「コードギアス」で戦争について考え、ニコニコ動画が連帯感を持たせてくれているのだと思います。

もちろんサブカルチャーのサブとは「副次的な」という意味であり、
メインカルチャーには及ばないという意味であります。

しかしながら、メインカルチャーが一体何なのか全く分からない時代に生まれて、
もはやサブカルがメインカルチャーとなっている時代です。

サブカルでしか、同時代の仲間と繋がれないのが事実ではないでしょうか。

メインカルチャーが主食だとするならば、サブカルはお菓子だと思います。
しかし、お菓子しか食べられないのなら、お菓子を食べて生き残っていくしかありません。
仲間とサブカルでしか繋がれないのなら、サブカルを大いに楽しもうという発言もしたくなります。

それぐらいお寒い状況にあるのが、日本の文化だと思いますが、
メインカルチャーが衰亡していく中、おそらくサブカルチャーも沈没して行かざるを得ないでしょう。

そんな中でもまだサブカルは活気があります。
ニコ動などを眺めるとまるで戦後の闇市のような感じです。
(実際に闇市を見てる訳ではないですが)

それならばそれでいいのです。

とにかく、誰かと何かをやる。繋がるという感覚が最も大事なのです。
だから、メインカルチャーを知らないと言うことを、恥だと思い、自信喪失する必要はないのです。
みんな自信のないサブカルから始まり、
そこからメインカルチャーの事を考えてみる、それでいいのです。

僕を含む最近の若者の自信喪失は文化的背景の無さだと僕は思いますが、
まずは大人に騙されることなく、今の状況を楽しんで自信を持ちたい所です。
僕たちは大人に比べて負けない力を持っていますし、仲間もいるのですから。

だから、「本当に大切なことはすべてサブカルが教えてくれた」と言って、
居直るのが今はもっとも大切なのです。

笑いとはおからである

評論系雑感
02 /10 2011
今日は笑いの伝道師と呼ばれているけったさんがお笑いについてレクチャーします。
まず自分の笑いの認識から説明すると、笑いとは差異の発生とその解消にあります。
いきなり硬い言葉で説明してしまいましたが、
つまり日常もしくは普通だと思われている出来事からのズレが笑いです。

ただこのズレと言うのが問題で、ズレ過ぎると笑いではなく異常な人だと思われます。
つまりズレにも限度があるのであり、
そのズレの限度ギリギリを狙うのが一番面白い状態なのです。

ですが、このズレの限界点というのが人それぞれな部分があって、
その人の許容度によって笑いを感じるか恐怖を感じさせてしまうかが決まってきます。
ですので、誰かを笑わせようとするならば、
まずその人の限界を見極めなければいけません。

ズレの許容度が狭い人にはゆるい笑いを、
ズレの許容度が広い人にはシュールやマニアックな笑いを提供するのがベターです。

各個人という意味で言えば、
ボケによりズレが発生していても気がつかない場面が多々あります。
そのために存在するのがツッコミです。
ツッコミはボケが一般からズレている事を「説明」します。
それによって聞いている人が話がズレていたんだと認識できるのです。

つまりツッコミはズレの解消の役割を持っています。
笑いのスキルが高い人はボケの時点でズレを認識できますので、
ツッコミがやや蛇足気味に感じてしまう事も往々にしてあります。

僕が好む手法としては、ツッコミも微妙にズラすという手法があります。
これは真面目にツッコまずにツッコミにもボケの役割を担ってもらうと言うことです。
ダブルボケに近いんですが、
そう言う意味ではマニアックな方向性を志向していると自分でも思っています。

本論からズレてきましたが(でもこれは笑いにならない)、
言いたい事は「笑いとはおからである」と言うことです。

おからとは豆腐を作る過程でできる残りかすです。
これがなんで笑いなのかというと、笑いは横道に逸れる行為なんですね。

そもそも真っ当な事がなんなのかを理解していないと
そこからズレているという事は理解できません。
真面目に何かを考えている時にふと脇道に逸れてしまうのが笑いなんです。

そこが豆腐作りと似ていて、
そもそも豆腐を作っている人はおいしいおからを作ろうなんて思っていません。
あくまでも豆腐のおいしさを追求した結果、
残余物のおからもおいしくなるという寸法です。

そう考えていくと、笑いを極めるって言うのは少しおかしな話で
おからを極めるって言っているのと同じです。
はっきり言うと真剣に笑いを考えるって言うのは本末転倒なんです。
笑いは日常を真剣に考えた時に生まれる残余物なんです。

僕から見たらM-1なんていうのはもう変な大会で、全日本おから選手権みたいなもんです。

こういった形でおからを競い出すとですね、
おからの味をトッピングで変えようというムーブメントになっちゃうんですね。
にんじん入れてみようとかハンバーグにしてみようとかならまだ許容範囲なんですが、
マヨネーズ入れようとかタバスコかけてみようとか言い出したらもう完全に狂った話になります。

要はおからをおいしくするためには豆腐をおいしくするしかないんです。
懸命に豆腐を作る、それだけが唯一の道です。

そしてあなたにとっての豆腐は一体なんですか?
と僕自身にも投げかけて終わりにします。

笑い取れなかったなこのテキスト・・・

我々は高橋邦子という才能に刮目すべきである

評論系雑感
07 /31 2009
とにかく高橋邦子がスゴイんです。
自分で発見したみたいな言い方ですが、
まぁ単にかがみさんの日記をストーキングしていたら紹介されていたので見たのですが、
簡単に秀才とか天才とか言うとナーバスな問題みたいなんでお茶を濁しておきます。
が、これはスゴイと思いました。

邦子のココがスゴイ!①ワンパターンなのに全く読めない展開

邦子の作品はワンパターンなのに全く先が読めません。
「ワンパターン」と「先が読めない」は一見相反するようですが、
邦子の作品群を見ればその意味が理解できます。
おそらく人間の「こういう展開であって欲しくない」という無意識を利用して
敢えてそこに突っ込んでいくセンス、そして考える間を与えないテンポで話が進むので、
ジェットコースターに乗っているように話が進みます。
当然ゴールは見えません。

邦子のココがスゴイ!②BGMの使い方が異常に上手い

邦子はBGMの使い方が非常に上手いです。
「ここでこの曲を!」と唸ります。
それはコメントで「BGMwwwww」というコメントが多いのが実証しています。
慣れてくると「邦子のテーマ」が流れてきたら自動的に吹いてしまうようになります。
トゥテテートゥテテータッタラータッタラー♪

邦子のココがスゴイ!③非常にグロくてナンセンス

タイトルはエロで釣ってたりしますが、だいたいグロとナンセンスで構成されてます。
人間の暗部が好きな人には特にオススメです。

邦子のココがスゴイ!④妙に上手いゲームバランス

展開を裏切るためにわざと過剰にしてあるのが多いのですが、
上手い所は非常に上手く作ってあって作り込みがハンパない事が分かります。
というか、作り込みがスゴイです。

そして個別の作品の紹介へ

どこが面白いかを説明するとネタバレになるので、
ネタバレはしないように面白さを伝えたいと思います。

オススメ度の見方
☆:観るべき
☆☆:神を殺してでも観るべき
☆☆☆:魔王を殺してでも観るべき
☆☆☆☆:魔神を殺してでも観るべき
☆☆☆☆☆:邦子を殺してでも観るべき

「Meaningless」24:31 オススメ度 ☆☆

処女作ゆえ荒削りではあるが、
展開が全く読めないという現在の邦子に通じる才能をキラめかせている作品。
「神殺し」というテーマから言えば奈須きのこの再来と言えるのではないだろうか?
修行してる所が個人的に好き。

「God of Destruction」23:11

「エロタワー」と内容が同じだったのでほぼ未見。

「地球最大の決戦」10:55オススメ度☆☆☆☆

あらすじ:村の神父ジェイコブは
信仰心の薄いエミリーを改心させるために神を呼び出し・・・

もう正直出てくる登場人物のやり取りについて行けない。

「妊娠戦士」6:21オススメ度☆☆☆☆

相変わらずグロくて安心する作品。
最後に提示された邦子のメッセージを我々は重く受け止めるべきである。

「スペルマン」6:13オススメ度☆☆☆

邦子作品のRPGの中では割と気楽に観られる一品。
相変わらず人間の暗部を衝く邦子のセンスに嫉妬。
「ロリータ姫」と較べてアクセスが約3分の1なのを見ると、
どのあたりに人の下ネタのヒキ具合があるかが分かるのが面白い。

「ロリータ姫」10:07オススメ度☆☆☆

後半が邦子作品の中でも特にシュール。
評価が高いが筆者はついて行けなかったので星三つ。

「性戦士」12:53オススメ度☆☆☆☆☆

あらすじ:圭次郎はヒマだったので・・・

邦子作品で最も邪悪で外道な一品。
グロくてナンセンスの極地と言えよう。

「Samurai vs Ninja」7:09オススメ度☆☆☆☆☆

前半が秀逸。前半の英語のやり取りは新しい笑いの可能性を感じさせてくれた。
後半はいつもの邦子になっているのもファンからしたらほほえましい。
いつもの邦子と言ったが、つまり全く先が読めないと言う事である。

「会社であった怖い話」6:59 オススメ度☆☆☆

邦子がサウンドノベルに進出した第1作目。
手探り状態なのが否めないのと、筆者が邦子はGAMEOVERの概念を導入してから
パワーダウンしていると若干感じているので、サウンドノベルは辛めの点になってしまう。
しかし先が読めない邦子展開は相変わらず健在で良い。

「埼玉県川越市の怪談」7:44 オススメ度 ☆☆☆☆☆

あらすじ:江戸時代の日本、家でゴロゴロしていた兼江直次の所に
伝書鳩で送られてきたメッセージは友達の悪魔ガミジンからの油田強奪の誘いだった・・・

サウンドノベル第2作目。
裏切りに次ぐ裏切りが人間存在の深層を暴く。
ラストで流れる「川越音頭」が物語すべての悲しみを浄化する。必聴。

「エロタワー」34:28 オススメ度☆☆

「God of Destruction」と内容がほぼ同じでそれに10分ぐらい新しく加わっている。
ゲームバランスがいい部分で笑ってしまう。
さすがに長いが、どんな作品でも絶対に笑えるポイントがあるのが邦子のスゴイ所。

「エミリーの大冒険」14:27オススメ度☆☆☆☆

あらすじ:
エミリーは末期ガンの母に代わってキャットフードをKマートに買いに行くが・・・

前半のゾンビへの節子節と後半の鬱展開がお気に入り。

「フライング・ゴキブリ」0:33

見れなかった。

「萌え萌えアクション」3:21 オススメ度☆☆☆☆
「801アクション」2:00 オススメ度☆☆☆☆☆


邦子がアクションゲームに進出した二作。
正直ここ数年で一番笑った。敵の叫びが耳について離れない。
両方短いのでオススメだが、シンプルさで801アクションを特にオススメする。

「エッチな夏休み」10:06 オススメ度☆☆

邦子がブレイクした最新作。
邦子にしては先読みできる展開だが、充分楽しめる。
ライトな感じに仕上がっているのがウケた要因かもしれない。
かがみさんの妹はこれでギブアップだったのを考えると、
キツめなのが苦手な人はここから入るのが良いのかもしれない。

基本的に邦子の作品はボケっぱなしなので、
ツッコミが入るニコニコ動画のコメントシステムと非常に相性がいいです。

コメントを流しながら見るのがオススメです。

僕変わってるとか言われてたんですが非常に安心しました。
高橋邦子に較べたら僕はまだまだ健全です。
ちょっとおかしいとか言われてる人は高橋邦子の作品を観て、
「あぁこの人に較べたら僕はまともだ」と安心しましょう。

さぁあなたも今日からレッツ邦子ライフ!

修都さんのネットラジオを振り返ろう

評論系雑感
07 /27 2009
感想書くって言ったから書くしかないじゃないか(逆ギレ)

という訳で途中参加させていただいた訳ですが、とても楽しませていただきました。
普段見させてもらってるサイトの方や、名前を知っている方、
そうでない方といろいろと交流できました。
J影虎さんのボケ面白かったです!

あまり反省はしていないんですけど(しろよ)、ちょっと喋りすぎましたね
(内容的な意味ではなく回数的な意味で)。
自分がコントロールしないように気を配っていたつもりですが、
結果的にそうなっていた部分はあるかもしれません。
その辺は参加者にゴメンネ!程度であやまりたいと思います(軽いノリで)。

しかし僕が眠いから終わってくれって頼んで終わるネットラジオって奇跡ですよね。
大サイトじゃ絶対にムリですからね。というか最初で最後だと思います。

今回は手探り感が良かったのと、超参加型だったのが面白かったです。
まさかコメントにいちいちリアクションしてくれるなんて参加者冥利に尽きました。

僕がプロのラジオを聴いててイヤなのは、
ラジオだとたしか4秒以上無言だと放送事故らしいんですよね。
なので、プロはとにかく間が空くのを嫌って、どんどん喋って間を言葉で埋めていくんですけど、
当然そんなたいした事が言える訳じゃないから
とにかく薄っぺらい多弁症に陥ってて、聞く気が失せるんですよね。
プロの人は間が空くのが不安で喋ってるだけで、
またその不安をごまかすために殊更明るく振る舞って喋るんですよね。
僕にはそれが気持ち悪くて仕方ないんですよね。
まぁうがった見方なのは承知しているんですが。

修都さんは話す事が思いつかない時や、
こっちのリアクションを待ってる時はホントに押し黙ってましたからね。
いや、これはけなしてる訳じゃなくて、
この普通さが作られてないホントの修さんと話せているようで良かったなと思いました。
ただ一方でもう少し喋ってくれよとも思ったんですけど(笑い)。

あとは聞き手の心理状況としては「参加したからには最後まで聞きたい!」というのがあって、
みんなが抜けていって終わるよりは修都さんがバイバーイ!って
言った後に聞き終わったなぁという実感を持って抜けたいと言うのがありました。

次回以降の話になりますと、人間って言うのは実にワガママな存在で、
1回目と同じ事やっても満足してくれないですからね。
つまりまたラジオをやるとするとハードルが上がってしまう訳で、
対策としては内容を練り込むか次にやるまでの期間を充分に取るかしかないと思いますね。

今回のラジオの話にも出てましたけど、誰かをゲストに呼んでみたり、
もう少し明確にコーナーや企画を作るのがいいのかもしれません。
修都さんが行う以上、やはり主導権は修都さんにある訳で、
また修都さんがリードしてくれた方がリスナーは安心して聞けますからね。

やった事ないから想像なんですけど、
やっぱり1人で喋ってると進行度合いがよく分からなくなってくると思うので、
(例えばプロなら周りのスタッフがいろいろやってくれるのですが、
1人なので全部1人でやらないといけない)
おおまかな進行表を作って時間を把握しながら進めるのがいいのかなと思います。
たぶん話す内容はだいたい決まっていたと思うのですが、
もう少し時間ごとに区切って、その上で状況に合わせて脱線していく形がいいのかもです。
(読み返してみると全然たいしたアドバイスじゃないな)

まぁいつでも僕は加われる訳じゃないですし、ライダーもプリキュアも観てないんで
メイン層からは若干ズレるでしょうからこのテキストごと聞き流して欲しい所です。

終わった後では僕がラジオやったらどうなるのかなぁとか思ったりしました。
たぶん僕がやったら掲示板のコメントが「~さんの悪口を言ってください!」
とかだらけになるだろうなと思って1人で暗い気持ちになりました。

どこで方向性を間違えたのだろうか。

しかし途中で修さんが8人聞いているって言ってたんですけど、

僕、湖さん、たくさん、J影虎さん、ディアボロさん、師匠、WHさんは
判明しているとして、あと1人は分からないんですよね。

その人がもしかしたら真の意味での修都さんファンなのかなと思いつつ、
短めですが今回は締めさせていただきたいと思います。

修都が、修都が、うらやましいと思った!!

正しいヒット数を出そうと一応した

評論系雑感
04 /18 2009
イチローが日本記録を更新している中、
けったは一人でそれにイチャモンを付けようと作文に勤しんでいた・・・

どうも。イチロー3086本ヒットおめでとうございます。
が、ちょっと待って欲しい。(朝日風転換)

日本球界プラスメジャーでこの記録なんですが、その合算はアリなんでしょうか?
例えばそれが認められるなら、
アメリカのマイナーリーグの記録も入れていいんじゃないだろうか?
いや、仮に一軍だけだよって話なら、
イチローが韓国リーグに行った時はそれも認められるのかというのだろうか。

そもそもヒットというが、会心の当たりのヒットとテキサスヒットは一緒にしていいのだろうか。
野手が接触しないミスでのヒットはエラーじゃなくヒットなので、
緩慢プレーでのヒットはヒットだが、それをヒットと認めていいのか。

まぁ認めていいとしても(多少折れました)
例えば相手ピッチャーがダルビッシュの時と敗戦処理のピッチャーの時の
ヒットは等価値にしていいのだろうか。
試合状況で大差が開いている時と、
1点差の緊迫した試合の時のヒットを同じ価値にしていいのか?

そうなると普通の打率より、得点圏打率を重視すべきなのでは?
いや、得点圏打率と行っても単にランナーが2塁以上にいるというだけなので、
試合状況は反映されていない。
それなら例えば3点差以内の時でランナーが2塁以上の時の
ヒットはより価値があるとするべき。
そしてその時に打てたヒットは1,2本ぶんなど加点していけばどうだろう。
しかしそれでもその試合で何回チャンスが巡ってくるかは違ってくるから
そこも加点していくシステムが必要だ。

ピッチャーの質はどうする?
AからCランクまで決めて、Aからなら1,2本、Cからなら0、8本にするとか。
いやそれだと相手の調子のいい時と悪い時での差はどうするのか。
そこは相手の調子のいい時はさらに1,1倍悪い時は0,9倍などの調整が必要だろう。

勝利に貢献したかどうかも重要だろう。
しかしそれだと強いチームと弱いチームで差が出るじゃないか。
チームの強さでも補正を加えないと・・・
加えてチャンスで巡ってくるか来ないかで不平等だ。
そこも補正しないと・・・

だいたい1番と9番では巡ってくる回数に差が出てるじゃないか。
1試合1つ差が出たとして、日本ので140ぐらい違ってくる。

そこも補正をして何番を打つかで9番は1,2倍ぐらいに補正した
ヒット数を出すべきだろう。

いやそもそも補正と言っているがそこの正しさは
どこに根拠を求めるべきなのか・・・
それも議論せねばなるまい

・テキサスヒットは減点
・チャンスで打ったら加点
・いい投手から打ったら加点
・勝利に貢献したら加点
・チームの強さと打順で補正

いろいろ言ったが、自分でなにがなんだか分からなくなりました。

OSR理論はオサレなのか?

評論系雑感
03 /12 2009
某所(なぜか隠した)でかがみさんの掲示板が活発になってると聞いて
久しぶりに見たんですが、確かに活発になってましたね。

というかみんなマジメにかがみさんのブリーチ感想とか読んでるんですね。
あれって読み飛ばせのサインだと思ってもうずっと読んでなかったですよ(やや毒)。

まぁブリーチが面白いかどうかは一流漫画評論家の皆さんにお任せするとして、
オサレ理論に価値があるかないかから始めたいんですが、
OSR理論が無形固定資産である事は認めても構わないと思います。
つまりOSR理論が価値を生み出してきたと言う事は間違いないんじゃないですか。

ただこっからが問題なんですけど、固定資産だとすると減価償却しないといけなくて、
しかも無形固定資産の場合残存価格はゼロなんですよね。
目に見えないから価値は永遠だという訳にはいかないんです。
つまりOSR理論が得た収益と対応させて費用化しないといけないのです。
もちろん大幅な価値の下落があったら減損処理もしないといけないし、
何年前からOSR理論があるのかは分からないんですが、
そう考えると今のOSR理論の価値は・・・
おっと、これ以上言うとマズそうなのでここで止めときますか(手遅れ)。

まぁこれは会計的発想なんで、
実際にゼロになるかどうかはまた議論のある所ではあります。

ゆとりのタジ君さんは他のファンを代表してみたいな言い方はどうかなと思うんですけど、
(要は自分が気に入らないんだからそれで通すしかない訳で)
言ってる事は割と納得できました。

・完全にマンネリ
・ネタにされる事でスポイルされている感動がある

この2点かなと。

変な例えを出すと、ここにコーラがあります。
コップに入れた状態の今あるコーラと一日置いたコーラは同じコーラですが、
しかし同じ価値ではないのはみんな承知の話です。

気の抜けたコーラに甘ったるいって意見が来たときに
ジュワジュワしてた時はおいしかったって言っても仕方ないと思うんですよね。

と言う訳で1点目には完全に同意と言うしかないんですよね。
同じ(と言ったら失礼になるのかもしれませんが)ネタ系ジャンプ感想サイトとして言うと、
目新しさで引っ張ってる間に理論にまで昇華できなかったかがみさんに
非があるんじゃないですかね。
でも僕もそうなんで強くは言えないんですけど、
アイデアを出すのとそれを深めていくのはまた違うんで難しい所なんですけどね。

雑感としてはオサレ「理論」て言われる割には誰も精緻化するというか
厳密に考えようとしてない印象はあるんですけどね。
今少し掲示板で語られてるみたいですが。

「オサレな方が勝つ」のは分かるんですけど、
じゃあ何がオサレなのかはかがみさんに一任されている訳で、
そこをもう少し一般化したら面白くなるかもしれません。

要は久保先生の美意識の研究に収斂されていく事になる訳で、
そこに対するマジメな考察があったら読んでみたいですね(自分でやる気力はない)。

ただ久保先生の美意識を知りたかったらブリーチだけ読んでてもダメで
もっと横断的な知識が必要になるんですよね。
それこそ今の主流の美意識がなんなのかから始めないといけないし、
「美」とはみたいな話になるのでそこまで行くヒマな人はいないんでしょうね。

まぁでもこれやってもエンターテインメントとして面白いかどうかは?ですね。
同じように掲示板で出ていたブリーチ性器説みたいなのも
かがみさんのカラーじゃないから駄目なんじゃないかなと思います。

2点目なんですが、ここはちょっと異を唱えておきたいと思います。
いや、ネタにする事でスポイルされている物があるのは間違いなくそうだと思うんですが、
そもそもネタというのはそういう物だと言う事です。

明確な否定派は3人いて、2人目の(勝手に順番付けた)あっちんさんが言っていたんですが、
オサレ理論はブリーチをバカにしてるから配慮して欲しいって意見なんですが、
これはネタ系サイトでは無理ですね。

・愛がなかったらネタにしちゃいけないのか?

好き、嫌い、ネタにする、ネタにしないで4分割します。
創作作品じゃなくて人にしてみましょうか。
1好き-ネタにする
2好き-ネタにしない
3嫌い-ネタにする
4嫌い-ネタにしない

もうメンドクサイんではしょりますけど、全部あり得るパターンですよね。
1と4だけで2と3は絶対しちゃいけないとかおかしいと思うんですが、
往々にしてこの手の話になると嫌いなものは無視して好きなものだけ語れとか
その場限りのルールが跋扈する
言いたい事も言えないこんな世の中じゃポイズン(反町)

2みたいに好きだけど喋らないことで自分の中で神格化するのかもしれませんし、
3みたいに嫌いだから愚痴でも言ってストレス発散するのかもしれません。

要はよっぽどマナー違反じゃなかったら全部やっていいはずで、
僕が考える限りオサレ理論が大いに違反してるとは思わないんですよね。

逆に愛があったらなんでも許されるならストーカーは捕まってない訳で、
というか愛のあるなしとか言ってもひたすら主観的になるだけだから避けるのをオススメします。

そもそも他者への配慮とかを入れたそんなNHK推薦ギャグ
みたいなネタが面白い訳がないんですよね。
誰にも嫌われずに面白い事言えたら最高なんですけど、
何かしら隠し味でも毒を入れないとダメなんですよね。
そもそもサブカルってそういう毒とかを親に文句とか言われながら
コソコソと楽しむものだった気がします。

普通に考えて信仰してたらネタにはしない訳で、
多かれ少なかれバカにしたいからネタにしてる訳で、
要はあっちんさんの怒りは正当なんですよね。
だってそう言った人を相対化して笑いを取るゲスな行為がネタにする事ですから。

というかオサレって発言自体がすでに久保先生をバカにしてる訳で、
OSRがバカにしてるしてないから言ったら
ニュアンスとしてバカにしてる成分は含有されてるのは明白なんじゃないかと思うんです。

僕としてはウィットじゃなくてユーモアもあるように自戒の部分も入れてるつもりなんですけど、
それでも不快に思う人は思うだろうなと感じてはいます。

まぁ面白いのが公に素晴らしいっていう今の一般的意見が間違ってるんですけど、
人の足を引っ張って笑いにする行為は褒められた行為じゃないですよね。
それでもそんな事でもせんとやっとれんわい!
みたいな生き方しかできないのがネタ系サイトの住人なんで、
できれば怒るよりも可哀相な人を見る目で見るのをオススメします。

僕も感動してる時もあるんですけど、
それも相対化してしまう生き方しか選択できないんですよね。
(かがみさんもそうなのかは分からないんですけど)

これが上手く笑いになってる時はいいんですけど、
ハズすとそれは批判されるのは仕方ないですよね。
そこはネタ系サイトは受け入れないといけないですね、普段ネタにしてるので。

オサレ理論に関しては面白さが逓減していった結果、
本来持っていた渋み(毒的なもの)が現在したという事で、
それに耐えられない人が出てきたという事なんじゃないですかね。
おそらくなんですが、OSR理論絶頂期にはこういった反対意見が出ても
「面白いから」の意見であっという間にかき消されたんじゃないかなと。
結局今擁護してる人でも「今でもOSR理論は充分に面白い」って
言ってる人は少数な気がします(さらっと読んだ限り)

あとは失礼なんですけど、怒らせるって悪い事なんですかね?
例えば、引き籠もってる人間に「外に出ろよ」って言ったら
多分怒ると思うんですけど、じゃあ「今のままでいいよ」とか
「君は生きてるだけで価値がある」とか言っとけばいいかと言えばそれは違うと思うんですよ。

「ブリーチ読んでないで新書でも読めよ」って言ったら
否定派の人は怒るかもしれませんが、
じゃあブリーチって面白いよねとか日番谷ってかわいいよねとか
言って事なかれに終わっても仕方ないんじゃないですかね。

というかブリーチって100万部ぐらい売れてるんですよね?
それならかがみさんになんか言われても「オレのバックには100万の軍勢が居る」
ぐらいに思って欲しい所なんですが、
なんだかんだ言ってかがみさんの影響力みたいなのを認めてるって事なんでしょうね。

そう言う意味では羨ましいっちゃ羨ましいですよ。
というか不公平ですよね。
僕もブリーチを否定してるんだからブリーチファンから抗議のメールなりなんなり
リアクションがあってもいいじゃないですか。
僕じゃ小物過ぎて相手にならんと言う事ですか。
僕で物足りないなら105円均一師匠の所の掲示板荒らして欲しいですよ(切実)。
このままじゃ僕ばっかりあそこで書き込んで恥ずかしいですよ。
この騒動で間違いなくウキウキしてますよあのオッサン(コラ)。

話は予定調和に逸れていっているんですが、議論が平行線みたいな話があったんですけど、
むしろ議論は平行線を辿る事の方が多い訳で、
結論が出ないと分かっていても
その過程を踏まないといけない局面もおそらくあったりします。

そういう意味では今出せるだけ出した方がいいので、
無理に消化するのがいいとも限らないんじゃないですかね。
少なくとも一方的展開にはなってないんだから、
まだ「もう止せ」みたいな話は早いんじゃないですか。

かがみさんはオサレ理論続ける宣言をしましたが、
かがみさんがどこまで本気か分からないですけど、
オサレ理論で毎週書いてたらオサレ理論無しには事象を説明できなくなった
ってなんか皮肉な話ですよね。
自分で生み出した「理論」という拘束具なしには物事を見れないんですから、
これが不自由じゃなかったら一体何が不自由なんですかね。

この話を思い出したんですけど、著名な経済学者の理論で
おそらく経済学の事ばっかり考えてて出した答えの一つが
「その相手と結婚するかしないかは経済的メリットですべて説明できる」って
言うのがあるんですが、specialistって言うのは
どこかでhelplessというか救いようがなくなる局面があるんでしょうね。

かがみさんの話じゃなくなったので戻すと、
みんな飽きてるなら正直に飽きてるって言ってあげた方が優しさなんじゃないですかね。
というかかがみさんも飽きてますよ。
止めどころが分からなくなってたのと惰性で続けてただけですよ。

あのですね、一流のカガミストならどうすれば
かがみさんが納得した形で次のステップに進めるかを考えてあげた方が
いいんじゃないですか?
ロックでパンクなかがみさんが止めろって言って止める訳ないじゃないですか。

むしろ止めないでのコールが鳴り響く形でしか止められない訳で、
どうやってバレないようにそこに持って行くかですよ。
そこをやらないで「かがみたんをいじめるのは止めろ!」って言っても
言ってる側はいじめてるんじゃなくて
むしろ親切心で言ってるんだから終わらないんですよ。

まぁ、あそこの住人の人達は楽しむだけ楽しんでかがみさんがのたれ死んだら
サーッと引いていくんじゃないかなと思ってしまいますけどね。
一人くらい本物の作家になりたかったら
ジャンプ感想と日記で一日終わらせるのを止めろ!!
とか言ってあげてもいいんじゃないですか。
もう誰も言わないから僕が言いましたよ。これが役損ですよ(自爆)。

最後に僕がブリーチをどう思ってるかを書かないと
フェアーじゃないのかなと思うので書きますと「読みやすいけど何も残らない」ですかね。
そういう意味では感想書きづらいですよね。
たまにあるウルキオラの哲学的問いかけは好きなんですけど、
スイスイと読んで終わってしまいますね。

しかしながら漫画で何かを得ないといけないって強迫的に考えるのもどうかと思いますし、
ブリーチは美意識を特化させた少年バトルと言う事でいいんじゃないですか。

読みづらいと評判のDグレは読んでないんで、
読まないから何も残らないのと読んでも何も残らないのと
どっちがいいか程度の話だと思いますけど。

ヒドいっちゃヒドい漫画ですけどそもそも漫画は酷い上に読む価値がないので、
間違ってるのはそんなものを愛してるとか大好きだとか素晴らしいとか
人目も憚らずに宣言できる社会なんじゃないですか。

秋本先生が言ってたんですけど、昔は漫画を書いてたら親に怒られてたんですよね。
今は漫画家目指すとか言ったら下手したら
親が「お前の夢を応援する」とか言いだしかねないご時世なので、
こっちの方がなんとかならないのかなと思います。
漫画の読む価値を喪失させて、漫画そのものを復権させる必要がありそうです。
(オサレに言ってみた)

ついでに言っとくと、サブカルチャーってもう今はメインカルチャーなんですよね。
社会的に認められたから素晴らしいって事でもなくて、みんなが大好きな残虐描写とか
えっちぃ描写とかは当然セーブされる訳で、今の流れはそういう事なのかなと。
みんなが楽しめるものだから公序良俗に違反する物は規制というのは自然な流れです。

さて、ヒマな時にこういう事があるとどうしようもないですね。ムダに長いし。
小人閉居して不善を為すとはこの事だなと心底自己反省して終了します。

自分が病だと思う病

評論系雑感
02 /22 2009
ちょっと自分的にはお手軽にチョイスして時事ネタなんですが、
「不妊治療の受精卵取り違えで中絶」という話がありました。
まことに不幸な話で、被害者の方には同情します。
やっと妊娠したと思ったら違う人の子で中絶ですからね。

・・・と、ここまでで通り一遍の事はやっておいて本心に行きます。
まぁ核をアメリカに!とか普段言ってるんだからまともな話になる訳がないという。

まずですね、不妊治療というものの恐ろしさというか、
不気味さを理解しないままに治療に望むって言うのは正直軽率だと思うんですよね。
ミスは起こるから取り違えもあるとか、
悪人がいてわざとやったらどうなるのよとかそーいう話もあるんですけど、
(例えば生まれやすい受精卵を持ってきて受精させれば成功率は跳ね上がりますよね。
今回もあまりにも順調にいくからおかしいと思ったら取り違えだと発覚した訳ですし。
黙ってたらバレないというのもあります)

そこよりも触れたいのは「現代の科学技術の進歩に対する礼賛」への僕の負の感情です。
結局科学技術の革新によって体外受精は可能になったわけなんですけど、
ヒューマニストを気取る訳じゃないんですが、なにかおかしいとは思わないんですかね。
今回なら自分の知らない間に他人の父親と母親の子が自分のお腹の中で生まれるんですよ?
女性自身で女性のお腹は単なる入れ物だって認めてるようなもんじゃないですか。

空想というか、あんまり調べないで書いてるんですけど、
子供が生まれにくい夫婦というのは昔から変わらずいたと思うんですよね。
でも普通にあきらめるか、養子を取るとかして終わってたと思います。
つまり不妊は病気じゃなかったんですよね。
というか僕は今でも病気じゃないと思うんですよね。
実生活で一体何に困る事があるんですか?
つまり医療の進歩で病気が治る人が出てきたのは事実なんですが、
今まで病気として認識されてなかったものが
医療の俎上に乗ってしまうようになったものがあり、その一例が不妊治療だと思うのです。

そして次に間違ってるのは「子供が生まれるのが素晴らしい」という価値観ですね。
真のヒューマニズムというか、つまり人間礼賛かつ生命礼賛ですよね。
えー、いつものワード出ました。
なんでも生命礼賛にかこつけて批判なんですが、子供って言うのは恐ろしいと思うんですよ。
まさにアンファン・テリブルというか、
まったくどうしようもない子供が生まれてくる可能性もある訳で、
そうなったらどうするのかって話ですよ。
僕みたいなクズが生まれてきたらどうするのよって話ですよ。

まぁこの辺はこの程度で、次におかしいのは「自分の遺伝子にこだわる」という事です。
自分の子じゃないと愛せないって言うのは養子否定ですよね。
もちろんすべての養子制度が素晴らしかったなんて言うつもりはないんですけど、
本で読んだんですが、自分で産んだ子じゃない子供を育てられるのは人間だけで、
動物は棄ててしまうらしいんですね。
逆に言うと血の通わない子を愛せるのは人間の証明であり、
そして人間だけが持つ力なんです。
失礼な言い方ですが、自分の遺伝子を持ってないから愛せないって言うのは
自分は単なる動物ですって最初から認めてる事になります。
当然簡単に実子じゃない子を愛せるなんて言ってないんですけど、
その努力すら放棄したらもう人間じゃないんだと思います。

結局ですね、被害者の女性は最初から子供をあきらめるか
違う受精卵の子を産むべきだったんじゃないでしょうか。
前者なら養子を取るなり夫婦二人で暮らすなり決めればいいし、
後者はむしろ医者側が黙ってるのが優しさだと思うんですけど、
宿命だとするしかないと思うんです。

僕が最後まで残念だと思うのは、この被害者の方が医者側を訴えてるらしいんですね。
自分の痛みの対価を払えという事だと思うんですけど、
医者を訴えたら不妊治療はおそらく後退しますよね。
(この医者一人で1000例ほどやっていたらしい)
一体この女性が不妊治療を肯定的に捉えてるのか
否定的に捉えてるのかが分からないんですよね。
産めなくて酷い目にあったら同じように産みたいと思ってた人の足を引っ張る訳ですよね。
全部行動が自分の欲求だけなんですよね。産みたい→不妊治療、酷い目にあった→訴える
感情的に理解できても論理的に破綻している訳です。

最後に否定するのは「自分の事だけ考えるのが素晴らしい」という考えです。
自分の行動が他人にとってどう影響するかを考える必要がある気がします。
忍耐というか我慢が必要なときもあると思うんですよ。
結果的にそれが自分のためになるんですから、
別にメリットを無視しろって言ってる訳でもないと思うんです。

まぁでもこの女性が悪いんじゃないんですよ、今の価値感がそうさせてるだけですから。
今は不妊治療の一方で毎年何万の子供が中絶されて死んでますからね。
それに誰も声高に言及しないのが本当は
誰も他の人命なんてどうでもいいって思ってるのがよく分かりますよ。
こんな世の中に生まれてきた僕が間違いだったと結論が出たので終わっときます。

けった魂とLの本名

評論系雑感
02 /04 2009
純粋なテキストなんて1ヶ月ぶりじゃなかろうか。
さて、ご愛顧頂いてる「けった魂R」ですが、
皆々様はどのようにこのタイトルを読んでますか?

けった「たましい」ですか、「だましい」ですか、それとも「ソウル」でしょうか。
「こん」という呼び方もできますね。

そんなのどうでもいいよって言われたら終わりなんですが、
これって別にどう読んでもいい訳ですよね。
ここでですね、僕が実は正解はこうです!ってやってもいいんですけど、
それをやると今まで違う呼び方をしてた人が「え?違うの?」と言う事になります。
もちろん僕が読んでる呼び方はあるのですが、
それはいわゆる「正答」なのかと言われるとどうなのかなと思います。
呼称なんだから一つにまとめてた方がいいだろというのも確かなんですが、
僕はまとまってなくてもいいような気がします。

ここで僕が自分の呼び方を言いたがらないのには多少訳がありまして、
今披露すると自然と僕の呼び方がさも正しい呼び方のように定着してしまうんですよね。
つまり、僕が情報を提供するとその情報が出る前の状態には戻れないのです。

ハイ、と言う訳で今回のテーマは情報の不可逆性についてです。

一般にネットは匿名性が高いと思われます。
例えばこのサイトから僕のプロフィールをすべて知るのは困難です。
僕が今後バラす可能性もあるんですが、
もちろんその時にウソを付くと言うのもあるんですけど、
ウソを吐き続けるのは狂人じゃないかぎり無理なので、
いずれは事実なり、本当に思ってることを言う段階になります。
そして情報を提供すると、提供する前の段階には戻れないのです。

かがみさんなんかは分かりやすい例で、早稲田卒である事は周知の事実なんですが、
その情報が出てると余計なバイアスがかかる可能性も大いにある訳で、
早稲田卒って部分に引きずられて読者がかがみさんの意見なり提供物を
色眼鏡で見てしまうかもしれないのです。

もしかしたらかがみさんは早稲田の名前を出さない方が
かがみさん自身で勝負するという部分は高まったかもしれず、
逆に早稲田だから有名になった部分もあるのかもしれません。
もはやそれはifの世界なんで確かめようもないんですが、
結局かがみさんは情報が出る前の段階には戻れないので、
一旦明らかになった情報は背負って活動するしかない訳です。

まだ他にも例を出してみます。
例えば将棋とかは新手が出たらもう古い戦法は使えなくなります。
そしてその新手もまた新たな手によって使えなくなり、
その繰り返しで将棋は進展していっている訳ですが、
簡単に言って新手が出る前と出た後ではもう世界が違うんですよね。
新手が出た世界は新手を知らなかった世界には戻れないのです。

ここで調子に乗って違う話をすると、技術革新も似たようなところがあって、
技術が革新したら少なくとも技術の情報という面では革新前に戻る事は出来ない訳です。
核を作り出した人間は核「兵器」を廃絶する事はできても
核の「情報」を廃絶する事はもう不可能なんですね。
そうなると核兵器が廃絶されるとその瞬間に
テロリストが核を作って世界制覇みたいな笑い話にもならないシナリオが待ってる訳です。

中世の決闘とかで白黒付ける世界にはもう戻れない訳で、
つまりもう世界は核という存在を背負って生きる以外に方法はないんですけど、
その辺を理解してない人は結構いるようです。

まぁなんでも時間という概念があるんだから不可逆なんですが、
タイトルに戻ると、デスノートのLの本名はファンブックで明らかにされたんですけど、
それをやる事によっていろいろ失われたモノもあるのです。

名前から類推出来る事って言うのがある訳で、
だいたいどの辺りの地域の人間なのかとかその辺は読めるんですよね。
でもそれはLの魅力であった匿名性による神秘性をスポイルする事になるのは確定で、
例えば名前が明らかにならなかったら宇宙人だったかもしれなかったのに、
そこはもう人間なのかなとなってしまいます。

ネットの噂だと編集部が無理矢理やらせたみたいで大場先生には罪はないんですけど、
Lの本名という情報はいらなかったんじゃない?と思うのです。
つまりこの状態が知らない方がいい事もあるって状態なんだと思います。
トリックの明らかになったマジックに人は魅せられないのです。
この辺から昨日と今日は確実に違うのだから、
今の一日を堪能しようじゃないかみたいな月並みな事も言えたりします。

最後に卑近な所に戻るのですが、
結局ネットで活動するのに当たって情報提供は慎重にならざるを得ないんですよね。
いや、そんなの好きに暴露すればいいじゃないって事なのかもしれませんが、
僕が提供した情報で誰かの妄想する楽しみだったり
そういうのを奪ったらダメじゃないですか。
まぁぶっちゃけるといろいろ明らかにしてもガッカリされるだけなので、
これからもミステリアスな感じで行こうかなと思ってます。
(そーミステリアスでもないけど)

3億円当たるとどうなるのか

評論系雑感
01 /01 2009
あけましてお・・・・(最後まで言えよ)、どうもけったです。
年が変わっても変わらずに、適当にやっていきたいと思います。
さて、今日は宝くじの話です。正確に言うと当たった後の話です。
こないだ年末ドリームジャンボの抽選があったようですが、
僕の弟も「当たらなかったお・・・」とか言ってたんですけど、
そりゃそうだろと思ったのは内緒にしておきまして、
でも全国を見渡せば当選している人もいる訳です。
まぁ宝くじの払い戻し率が低いからどー考えても損とかそーいう話は今回は置いといて、
当たったらどうなるかでいきたいと思います。
まぁ今は副賞で殺される世知辛い世の中なんですが
(あの事件はなんかベタ過ぎて笑ってしまいました)、
とりあえずひとしきり喜んだ後に、当選者はお金の使い道を考える訳です。

ここでですね、「貯金」という選択肢は使い道を考えてないんですね。
つまり、将来の自分が使い道を選択するということで、保留にしている訳です。
細かい話になると現金には価値があるので貯金すると利息をゲットできるのですが、
残念ながら今の日本では利息は雀の涙です。
なら運用するかっていったら
今の状態でそんなことをしようと思う一般人はいないですよね
(逆にチャンスとか言う意見に僕は賛同しないです)。
というか、「お金を殖やす」っていうのはですね、答えになってないんですよ。
「お金を使って何をするか」っていうのを尋ねているんですね。
つまり、お金を目的とせずに手段としてどうするかという話です。

ここで僕なりにお金の使い道を考えてみました。
一番有効なのはなんなのかというと、「借金返済」ではないですかね。
つまり、マイナスになっているのをゼロに戻すということです。
これが分かりやすいのは、明らかにメリットが分かるという点ですね。
それを除くと、何かを買おうと言う話になってくるはずなんですね
(つまり、自分にとってゼロからプラスにしていく話)。
そこで物を買う話になります。

まず、物を買うとしたら自分にとって必要な物か、そうでないかで分けられます。
そして、それを持っているか、持っていないかでも分けられます。
二分法というのはモデリングとして単純すぎるのであまりオススメできないです。
そこで、まぁオリジナリティはないんですけど、2×2で四分法にするわけですね。
今回で言うと、「必要な物で持っている」、「必要な物で持っていない」、「不必要な物で持っている」、「不必要な物で持っていない」の四つに分けられます。
では、一つ一つ見てみましょうか。

①「必要な物で持っている」
これは必需品のイメージですね。今で言えば、家、服とか車、テレビとかですか。

②「必要な物で持っていない」
これはどちらかというと贅沢品ですかね。人によってはゲームだったり、ステレオだったり。
もちろん①を持ってない人もあてはまりますね。

③「不必要な物で持っている」
不必要なのに何で持っているんだよというとですね、親から譲り受けたり、
誰かからもらたりしている物です。技術革新で古くなった物もあてはまります。

④「不必要な物で持っていない」
これは当たり前の状態っちゃそうですね。要らないから買わないし、持っていないということです。

さて、①~④の中でどれを買いましょうか。
僕だと、やっぱり②から買っていきたいなと思いますね。
持ってない物を手に入れるって言うのは、効用としては一番大きいはずです。
そして、その後は①ですね。
これは要は買い換えですね。
ちょっとズルをしてもう壊れて使えないとかそーいうのは②に入れるとして、
ステータスとして買い換えると言う状態を想定します。
逆にですね、③④は幾ら金があっても要らないんですよね。
もちろん、「要らないと思っていたが使ったら必要だった」という状態はあるんですが、
つまりこの4択になると、持っている持っていないはすぐ分かるんですが、
必要か必要でないかが難しいんですね。
そこを考えて物を買っていかないと行けなくなる訳です。
僕から見ると①はちょっと金の使い方に困ってるように見えるんですよね。
例えば、車を買い換えるとします。
もちろんどうしても欲しいブランドがあるとかそういう状態も考えられるんですが、
車の性能はほとんど変わらないんですね。
交通手段に限定して言えば、車が個人所有で最も使うものだと思うんですが、
新品で考えるとしても100万~数千万です。3億円には届かないですね。

ちょっとめんどくさくなってきたので何が言いたいかというと、
お金の使い道は根本の部分を除けば後は枝葉の話になるんですよね。
人間の生活はおそらくまず衣・食・住なんですよ。
逆に言うとここを押さえると後の消費は枝葉なんですよね。
要は個人消費で言えば家があったら後は枝葉なんですよ(やや暴論かもしれん)。
今の日本で1億とか2億する家が必要になるかと言えば、
東京じゃないならそんなことないですよね。

簡単に言うと、普通の人が3億手に入ったら間違いなく持て余すか、
バカみたいな使い方(③、④を購入もしくは放蕩)をして終わるか
どっちかになってしまうような気がするということです。
村で言えば1億もらったから全部延べ棒にしてみました
みたいなしょうもない使い方になっちゃうんですよね。
それもまぁ当たり前の話で、1日少しのお金でやりくりする能力と、
3億余す所無く使い切る能力は全く別物ですからね。

じゃあ集団で使う、例えば会社を興すかって話になると、
今度は3億じゃちょっと少ないんですよね。
少ないというのは語弊があるかもしれないですが、
大企業に資金的に太刀打ちする力はないわけです。
いや、始めからベンチャー精神がある人なら構わないんですけど、
今の宝くじを買っている人にそのつもりで買っている人はほとんどいないハズですし、
そんな資金調達方法を選ぶ経営者の元で働くのは御免ですよね。

最終的に何が言いたいのかというと、お金が欲しいって言う前に、
自分にとって何が必要なのか見極める必要があるんじゃないかって事です。
あのですね、どう考えても普通に働いてる人なら
本当に必要な物はだいたい持っているんですよ。
(派遣とか言う話は棚上げで)
なので3億も追加で要らないと思うんですね。
使われないお金は結局紙くずになっちゃいます。
不必要に使ったお金も無駄だったなで終わりです。

こういったことを述べて、これから来る大不況を貧乏な状態で乗り切ろうという
自分自身へのエールとしたいと思います(結局自分のためかよ)。

ニコ厨とヤギの手紙

評論系雑感
12 /26 2008
ニコ厨がヤギの手紙を聞いたらこうリアクションする。
間違いない!←リバイバルネタ

白ヤギさんから黒ヤギさんへお手紙書いた~♪

ニコ厨:ヤギは手紙を書けないだろ・・・常識的に考えて・・・

※POINT
ニコ厨は自分の思考の枠外からは決してはみ出しません。

黒ヤギさんたら読まずに食べた~♪

ニコ厨:羊が食べたなー
ニコ厨:羊?ヤギだろ。ゆとりか?

※POINT
ニコ厨はちょっとしたミスとか勘違いもゆとりで一括りにします。
そういう意味では確かにゆとりがありません。

しかたがないのでお返事書いた  さっきのお手紙御用事なあに?

ニコ厨:ちょwwwおまwwwループwww

※POINT
ニコ厨は笑いの沸点が異常に低いです。
でも箸が転がった時は多分スルー。

・・・ニ~コニコ動画っ! fin

1/100の学会員へ

評論系雑感
12 /19 2008
どうも寂しがり屋のレッドデーモン、けったです。
師匠(まだ慣れない呼び方)が青鬼やってくれるらしいんですが、
ノリに任せてこのブログ潰しちゃうかも☆みたいな事をおっしゃっててビビりました。

しかもこのテキストのタイトルがそこで否定的なニュアンスで使われてますし、
そしてあっちは10人に一人でこっちは100人に一人ですからね。
自己正当化度が約10倍です。

まぁ私信はこの辺にしておいてですね(非道い私信だな)、
何がやりたいのかと言うと、思いついた事のリサイクルです。
今年の3月頃だったと思うんですけど、
鳥居みゆきっていう芸人さんの存在を知ってですね、結構ハマったんですね。
で、鳥居さんが連合赤軍をネタにしてるのを見て、
なぜか政治系のブラックジョークを一生懸命作ってた時期があったみたいなんですよね。
で、読み返してみると延々と池田大作ネタとかやってるんですよね。
もうですね、なんなんだこれを作ったキチガイはと思いまして、本を閉じて表紙を見たら
「新・人間革命」著 池田大作 って書いてあったんですね。
・・・ってもうネタに入ってるー!!(ガビーン)

い、いやこれは池田大作批判じゃなくて、書いたゴーストライター批判ですから!!
ふぅ、セーフセーフ。

こんな感じで一段落した所でタイトルに入っていく訳ですが(してるのか?)、
まぁほとんどの創価学会の人は怒ると思うんですよね。
でもですね、思わず笑ってしまうっていう学会員が一人もいないとは
僕には思えないんですよね。(僕のネタが面白いかどうかは別としまして)
少し落ち着いて考えるとですね、
親が学会員だから創価学会に入ってるという2世学会員の数がどんどん増加しているんですね。
自発的に入信した人と、親がなっているのでなりましたって言う人とでは
同じ学会員でもニュアンスが違ってくると思うんですよね。
もちろん2世でも熱心な人はいるし、現に僕もそういった人に勧誘されたこともあります。

ただ創価学会に所属していることが所与になるとですね、
当然信仰に関して疑問を持つ学会員も出てくるんですよね。
例えば親と波風立てるのもなんだしみたいな感じで参加してる人もいるんですよね。
逆に言うとですね、そう言った人たちは行事に嫌々参加せざるをえないので、
僕たち以上に創価学会に関して葛藤なり矛盾を抱えてると思うんですよね。
周りが神扱いしてる人間が普通のヒトにしか見えないとしたら、
その人のその時の心中って言うのは一体どういったものなのかなと考えてしまうんですよね。

そうなるとしたらですね、僕みたいな無礼な物言いが
もしかしたらその人にとってガス抜きになる可能性があるんじゃないかと思うんですよね。
もしそうなれるなら99人の罵倒を受けても話す価値があるのかなと思うし、
その辺りに触れないとこのブログやってる意味がないんですよね。

まぁそれに加えて、内部から批判なり反論が全く出ない組織って言うのはマズいんですね。
それは組織として硬直してしまっていて、生き延びていけないと思います。

でもどうなんですかね。
これで炎上とかしたら周りに迷惑かけて洒落にならんなとは思うんですけど、
学会の人も人間だから無茶はしないと思うんですけどね。
もちろん批判的な意見、感想は受け付けますよ。
(というかかがみさんが創価学会に日記で触れてますね。
これを書いた後で読んだんで偶然なんですが、妙なシンクロですね)

で、ここから池田大作ネタをやるのかと言うと、実は違うんですね。(違うのかよ)
池田大作ネタはあんまり面白いのが作れなかったので、安部政権の時のネタです。
すいません古くて。
そしてですね、じゃあこれ面白いのかとか言われても困るんですけどね。
相対的にマシってことです。ではどうぞ。

ショートコント 安部くんと小沢くん

安部「なぁ、小沢・・・」
小沢「どうした?安部」
安部「オレもう辞めようかな・・・」
小沢「は?お前こないだ続けるって言ったばかりじゃん!」
安部「だって、きついんだもん・・・。(胸を押さえながら)あーはらいてー。」
小沢「お前胸押さえてるじゃん!仮病じゃね?」
安部「違うって!ガチで病気!普通の人なら倒れてるレベル。」
小沢「うそくせー」
安部「あーもう辞める。マジで辞めるわ。」
小沢「お前が辞めるならオレも辞めるわ。」
安部「え?なんでそうなるの?」
小沢「いや、もうオレもイッパイイッパイだし。」
安部「ちょ、お前は辞めんなよ。」
小沢「じゃあ撤回するわ」
安部「早くね?すぐ引っ込めたな」
小沢「じゃあやっぱ辞めるわ」
安部「どっちだよ!はっきりしろよ」
小沢「じゃあ辞めるの止めるわ」
安部「うぜー、あ、麻生、オレ辞めようかと思ってんだけど、どう思う?」
麻生「僕、家に帰ってマンガ読まないといけないから」
安部「なんだよ、全然聞いてくれないなんてとてつもない誤算だよ!」
小沢「おおい、安部!たいへんだ!!」
安部「どうした?」
小沢「綿貫先生が倒れた!」 終わり

全くウケてる気配を感じないんですが、ついでにもう一本。

ショートコント 浮気

「ただいま。」
「おかえりなさい。今日は遅かったわね。」
「ああ、ちょっと仕事が長引いてね」
「そうなの。ここのところずっと忙しいのね」
「ああ。丁度会社も重要な局面を迎えているからね。
 (スーツを脱ぐ仕草をしながら)、これ片付けといて。」
「はい。・・・ちょっと、あなた!このチキンナゲットのケチャップの跡はなに!?
 もしかしてアメリカと付き合ってるんじゃないでしょうね!?」
「そ、そんな訳無いだろ。バカな事言うなよ。」
「はっ、ポケットの中から核兵器が・・・。
あなた、持たず、作らず、持ち込ませずって言ってたじゃない!」
「お、おい!待て、ちょっと話を聞いてくれ・・・」
「あなた!いったい私と日米安保条約、どっちが大事なのよ!!」
「そ、そんなのどっちも大事だよ・・・。」
「何よ、この親米保守!!最近私に渡す給料が少なかったのは
思いやり予算に使ってたからなのね!もういいです、実家に帰らせていただきます。
(そう言って出て行く)」
「ああ・・・どうすればいいんだ・・・。そうだ!アメリカに聞けばいいんだ。」

終わり

冷静に考えてこれを披露して僕はどのポジションに就きたいんですかね。
とりあえず更新してから考えます。(事前に考えろよ)

「泣いた赤鬼」への蛇足

評論系雑感
12 /06 2008
戻ってきて一発目がこれでいいのかとか思いますけど、
まぁあんまり気にしないでやります。

「泣いた赤鬼」という童話がありまして、かなり有名だと思うんですけど、
10代の人は知ってるのかな・・・。

調べてちょっと驚いたんですが、これって結構最近の話なんですよね。
70~80年前ぐらいですか。
童話で人口に膾炙していることを鑑みると概要を載せていいと僕は思うので載せます。
怒られたら削る方向で。


山の中に、一人の赤鬼が住んでいました。
赤鬼は、人間たちとも仲良くしたいと考えて、自分の家の前に、
「心のやさしい鬼のうちです。どなたでもおいでください。
おいしいお菓子がございます。お茶も沸かしてございます。」
と書いた、立て札を立てました。

けれども、人間は疑って、誰一人遊びにきませんでした。
赤鬼は悲しみ、信用してもらえないことをくやしがり、
おしまいには腹を立てて、立て札を引き抜いてしまいました。

そこへ、友達の青鬼が訪ねて来ました。
青鬼は、わけを聞いて、赤鬼のために次のようなことを考えてやりました。
青鬼が人間の村へ出かけて大暴れをする。
そこへ赤鬼が出てきて、青鬼をこらしめる。
そうすれば、人間たちにも、赤鬼がやさしい鬼だということがわかるだろう、
と言うのでした。

しかし、それでは青鬼にすまない、としぶる赤鬼を、
青鬼は、無理やり引っ張って、村へ出かけて行きました。
計画は成功して、村の人たちは、安心して赤鬼のところへ遊びにくるようになりました。
毎日、毎日、村から山へ、三人、五人と連れ立って、出かけて来ました。
こうして、赤鬼には人間の友達ができました。

赤鬼は、とても喜びました。

しかし、日がたつにつれて、気になってくることがありました。
それは、あの日から訪ねて来なくなった、青鬼のことでした。
ある日、赤鬼は、青鬼の家を訪ねてみました。
青鬼の家は、戸が、かたく、しまっていました。
ふと、気がつくと、戸のわきには、貼り紙がしてありました。
そして、それに、何か、字が書かれていました。

「赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。
もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、
君も悪い鬼だと思われるかもしれません。
それで、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。
さようなら、体を大事にしてください。どこまでも君の友達、青鬼。」

赤鬼は、だまって、それを読みました。二度も三度も読みました。
戸に手をかけて顔を押し付け、しくしくと、なみだを流して泣きました。



・・・という話なんですが、確かに感動できる部分もあるんですけど、
納得できない部分の方が大きいんですよね。

まず、赤鬼がたいして努力していない点。
看板立てただけで人が来ないのに絶望するって
どんだけ甘ちゃんなんだって話だと思いませんか?

僕から見るとこいつは本当に人間と仲良くする気があるのか
疑ってしまう部分があるんですよね。

そもそも人間と鬼が仲良くするって言うことが
どれだけ困難なことなのか赤鬼は考えてるのかなと思うんですよね。
例えば、絶チルなんかでもエスパーと人間は仲良くできるのかって
言うのがメインテーマなんですね。

椎名先生がそこに深入りしようとすると人気が落ちるって言ってたと思うんですが。
読んだこと無いんですが、「七瀬ふたたび」の影響なのか、
エスパー物はそのテーマになることが多いみたいです。

エスパーでそうなら、いわんや鬼をやってことなんですよ。
鬼が簡単に人間に受け入れられる訳がないんですよね。
自分と違う物に警戒心を抱くのは人間として正常な機能なんです。

この話の場合人間じゃなくて鬼側から歩み寄ろうとしているんで、
やっぱり赤鬼が努力しないといけないんですよね。

そして気に入らないポイントの第2点は青鬼の過剰な自己犠牲ですね。
自己犠牲が基本的に尊い事は認めるんですが、
自分を過度に犠牲にする行為は押しつけなんですよね。

この場合青鬼が不幸になっちゃうと赤鬼も結局友達を犠牲にした
っていう思いを引きずってしまって不幸になって、結局誰も救われないんです。
青鬼は本当に赤鬼の事を考えたのかな?と思いますね。
単純に赤鬼と縁を切りたかっただけか自分の行為に酔ってるとしか思えないんですよね。

と言う訳でですね、これから蛇足を加えて僕なりの話にしてみたいと思います。
ちょっと調べたら他にも似たような事してた人がいたんですね。
Yahooで泣いた赤鬼で検索したら上の方に来るんで、気になる人は見てください。
その人は黒鬼っていう鬼のボスを出して話を畳んでたんですけど、
それはやっちゃ駄目なんじゃないかなと思うんですね。
しかもそいつがグイグイ話を引っ張ってまとめてるんですね。
既存の話に加える以上、重要な新キャラは出しては駄目だと僕は思います。
あくまで既存のキャラで話を畳むのがいいのかなと。
どっちみち蛇足なんですけど。
ではここからです。


その後、村で事件が起きました。

村の食べ物がどんどん盗まれていったのです。
犯人は見つかりませんでした。

その時、村人の一人が言いました。「犯人は赤鬼だ」。

もちろん赤鬼はそんなことはしていません。
赤鬼と仲良くしていた人間も最初は赤鬼の味方でした。

しかし、赤鬼が犯人だと言う声は日増しに強くなっていきました。
この声が大きくなるにつれて、赤鬼の周りから人間が少なくなっていきました。
一人、また一人と少なくなり、最後には誰もいなくなりました。

これでまた元の状態に逆戻りです。
赤鬼はすっかりしょげかえってしまいました。

そんなある日、赤鬼の住む家を大勢の人間が囲みました。
そして言いました。「鬼は出て行け!!」
赤鬼は困惑し、村から逃げ出しました。

僕はただ、人間と仲良くしたかっただけなのに。
その時、赤鬼は思いました。
「青鬼に会いたい、僕の本当の友達は青鬼だった」と。

赤鬼は旅に出たという青鬼を探しました。探して探して探しました。
そしてついに青鬼を見つけました。
青鬼は小さな村に住んでいました。

赤鬼はびっくりしてしまいました。
そこでは、青鬼が人間と仲良く暮らしていたのです。
赤鬼は青鬼に話しかけることができませんでした。
話しかけたら、青鬼の生活を壊してしまうかもしれなかったからです。
赤鬼は何も言わずに立ち去りました。

僕には何もなくなってしまった。赤鬼はそう思いました。
茫然自失として彷徨っていたとき、足が自然と元住んでいた村へ向かっていました。
村人に出会ったとき、村人は赤鬼を見ると気まずそうな顔をしていました。
その中で昔、仲のよかった人間の一人が教えてくれました。
真犯人が捕まったことを。そして最後に謝罪を受けました。

赤鬼には怒りも悲しみもありませんでした。
ふらふらの体で元居た家に戻りました。
そして考えました。鬼が人間たちと仲良くするということがどういう事なのかを。

次の日から、赤鬼は村の役に立つことをすることを決めました。
そして、もう二度と泣いたりしないと誓いました。
その日以来、赤鬼は一度も泣いていません。



ちょっと青鬼に甘いところが駄目だなと思うんですけど、これが僕の精一杯ですね。
僕の今の心境的に言うと、これでハッピーエンドかなと思います。
あと5年ぐらい経ったら青鬼との和解とかも許容できるようになる・・・のかな?

このあと赤鬼がどうなるのかというと、それは赤鬼の努力次第なんだと思います。
このテキストを読んでみなさんがどうなるのかというと、
それはみなさんの努力次第なんだと思います。(最終的に丸投げ)

遅刻論(過去ログ)

評論系雑感
11 /30 2008
遅刻してる時の「みんな僕のためにイライラしてるんだろうなぁ」
っていう背徳感はたまらないですよね(最低)。
と言う訳で、今回は遅刻の話です。

しかし遅刻って言うのは基本的には駄目な行為であることは
最初に認めておかないといけないですね。
特に社会人で仕事になるともうおそらくタブーの領域ですからね。
なのでまぁ一般的なモラルを教えてくれるティーチャーは、
「遅刻は絶対にしてはいけない」って言いますよね。それは真実な訳です。
ですが、ここからひねる方向に持って行くんですが、
絶対に遅刻しない人ってほとんどいないですよね。

いや、俺は1回も遅刻したことがない!遅刻する奴は人間としてなってない!
って言う人も、もしかしたらいるのかもしれないですが、
その人はそっとブラウザを閉じていただければと思います。


・・・で、これを読んでる人は遅刻したことがある人だけになりました。
全く君たちは極悪人だね!少しは反省したまえ!!(悪ノリ)

僕がなんとなく思うのは、一般的なティーチャーに足りてない部分は
「遅刻したときにどうすればいいか」なんですね。
つまりですね、遅刻しちゃいけないって言うのはみんな分かってる訳で、
それでも遅刻してしまったときにどうすればいいのかって事なんですよ。

1回も遅刻したことがない人は素晴らしいんですが、
逆に遅刻してしまったときは遅刻初体験なんで
右も左も分からず途方に暮れる可能性もある訳で、
もしその1回の遅刻の時が運悪く重大な会合とかだったらもうアウトなんですね。
(そもそも重要なときに遅刻したらアウトという正論もありますが)

よってですね、僕のようなモラルのない遅刻魔には
「遅刻した時にどう対応するのが傷口を最小限に抑えられるのか」
という課題の方が重要だったりします。

ここで、簡単に遅刻の事例を分けたいと思います。
①寝坊
②時間忘却
③無反省
④遅刻不可避な事情

適当に思いついたのを羅列しただけなんで、
各人で加えたり減らしたりしてもらいたいんですが、
僕はまぁキャラの都合上③気取りだったんですが、圧倒的に①の原因が多いんですね。

まぁ①の人は早く寝ろって話なんですけど、
でも夜更かしって最高だよね!(コラコラ)・・・じゃなくて、
特にミスした訳でもないのに寝過ごすこともあると思うんですよね。
そういう意味では④の要素もあるのかもしれません。

②の人はいろいろ作業が重なると約束自体を忘れちゃう人ですね。
タイマーを設置したり、とにかく思い出せるようにしておくことが大事ですかね。

③の人は一番厄介ですね。
とりあえず遅刻が悪いって言う前提自体を理解してないので、
そこを分かってもらう所から始めないといけないですからね。
でもこーいうタイプに限って人の話なんて全然聞いてなかったりします。
全部の約束事に対して③の人は少ないと思うんですが、友達との約束だったり、
比較的重要度が低い約束に関して③の態度をとる場合って言うのは結構あったりします。
(僕もそうですね)
もちろん仕事とかに較べたらルーズで構わないんですが、
親しき仲にも礼儀ありって言葉があるんですよねぇ。
そうなると、ちょっと考えないといけないかもしれないですね。

④は難しい状況なんですけど、
約束事よりも重要な案件が立て込んでしまって間に合わなかったりとかですかね。
本人の努力では如何ともしがたい遅刻と言うことです。

②と③はあまりここで触れても仕方ないんですね。
②は修正が比較的簡単にできますし、
逆に③は本人の考え方が変わらないと直らないのに加えて、
まず遅刻したときに傷口を最小限にしようなんて思ってないんですね。
なので今は放置します。

よって問題は①と④になります。
(というか僕が①なんで①に興味がいってるだけかもしれないですが)

まぁ普通に育ってきた人だったら、
遅刻したら罪悪感のようなものを感じると思うんですね。
当然待っている側は怒ってる訳ですし、しかもその怒りは正当な怒りですからね。

しかしそれでも遅刻してしまったとします。じゃあどうすればいいか。

やっぱりまず連絡を入れる事ですね。(普通)
今は携帯電話という幸か不幸か便利なツールがあるので、
基本的に向こう側といつでも連絡が取れるんですね。

なので、もし約束の時間より前の状態で間に合わないときは、
とにかく遅刻するという連絡を入れるしかないんですね。

ここで怒られそうだから連絡しないとかしてしまうと、
それは傷口を広げる行為なんですね。

待つ側からしたら情報は早めに入れてもらった方が
その情報を元に行動を修正できるので良いのですね。

その情報はできるだけ詳しい方がいいので、~時に着くなど、
具体的な時間を報告した方がよりいいんですね。

ここでちょっとしたテクニックとしては、
自分が着きそうな時間よりもやや遅い時間を言うんですね。
つまりですね、5分遅刻しますって言って
10分遅れたら言った時間より遅いなんてけしからん!となるんですね。
これは先延ばしにした約束の時間が守れてないので
待つ側からしたら2重に遅刻してるんですね。つまり傷口を広げてるのです。

ここでは15分遅刻しますって言って10分で来ればいいんですね。
そうなると、人間心理って変なもので、待つ側は結構早く来たねって思っちゃうんですね。

つまり元来の約束の時間は守れていないんですが、
先延ばしにした新しい約束は守れてるんですね。
急造された約束でも、「約束を守った」というプラスの行為が傷口を抑えてくれる訳です。
でも、これって分かってても難しいんですね。
普通遅刻してる時って怒られたくないから遅刻の時間を最小限にしようとしてしまいがちで、
「何分遅れるの?」って聞かれたら、最速で着ける時間を言っちゃうんですね。

あと、ウソ付くなんて不誠実じゃないの?って思う人もいるかもしれないんですが、
何分遅れるかなんて見通しを聞かれてるだけで、
完全に正確に測る事なんてできないんですね。
それならみんなが幸せになる方向に話を持って行けばいいってだけなんです。
と言う訳で、みんなが幸せになれるウソを平気でつける汚い大人になってください。
自己責任でね!

次のステップとしてはですね、遅れて到着したら素直に謝るです。(またまた普通)
素直にと言うところがちょっとポイントで、
つまり自分に完全に非があるという構えが必要なんですね。

結局遅刻の原因が①~④のどれであっても待ってる人から見たら関係ないんですね。
待っている人の方が「約束の時間を守る」という観点からしたら絶対的に正しいので、
待っている人の怒りは正当なもので、その怒りは遺憾なく発揮されないといけないのです。

何が言いたいのかというと、遅刻したら大いに怒られるのが一番いいんですね。
待つ側からしたら怒るのは遅刻した人の人格を否定したい訳じゃなくて、
怒るのは「待たされた」という事実に対しての怒りなんですね。

逆に言うと待つ側の人はここで怒らないと怒りの持って行きどころが無くなって、
それがそのまま消失してくれたらいいんですが、結局蓄積されてしまうんですね。
怒りが蓄積されてしまうとですね、後で何倍にもなって返される恐れもあるし、
待つ側としてはとりあえず遅刻した人の評価を落とすしかないんですね。
そもそも遅刻したら評価は下がるんですが、蓄積されると必要以上に下がるんですね。

遅刻した側は怒られないようにするとなると上手い言い訳を考えようとするんですが、
その言い訳が上手ければ上手いほど逆にマズいという訳です。
それはその場を怒られずに乗り切ると言う意味では上手くいっているのですが、
所詮その場しのぎに過ぎず、怒られるのを先延ばしにしてるだけなんですね。
単に先延ばしになってるならまだマシなんですが、
待つ側の怒りは時間が経つと膨れあがってくるので、結局傷口を広げてるんですね。

具体的に言うと、寝過ごして遅刻したら、
「寝過ごしました。遅刻してしまって本当にすいませんでした。」
って言うしかないんですね。
これだと絶対怒られるんですが、それは遅刻は悪いんだから仕方ないんです。
待つ側は怒りますが、怒るだけ怒ったらそこで話は終了するんですね。

待つ側は怒って満足したら、それが話の分かる人だったりすると、
あとでこっそり「怒ったけどさ、まぁ人間だから遅刻することもあるよね」みたいな
フォローを入れてくれたりすることもある訳です。

ここでですね、さっきウソ付いてもイイって言ってたのに、
謝るときは駄目なのかよって思う人がいると思うんですね。
よく憶えてましたね。(困ってる)

うーん、これはですね、遅れてるときは本人の努力では
どうにもならない部分があると思うんですよ。
例えば、どんなに焦っても通勤のバスや電車の速度が上がる訳じゃないし、
車だって飛ばしても高がしれてるし、むしろ事故の元です。
つまり、早く着くのが無理なんだから、着く時間は自分ではどうしようもないから
それならみんなが丸く収まる発言も認められるという事です。
一方で、謝る段階でウソをつくと、得するのは遅れた側だけなんですね。
待ってた側は怒りを振り落とせなくなって損します。
それが巡り巡って遅れた側に行くので、結局最終的にはみんな損なんですね。
そんなウソは付いてはいけないのです、たぶん。

まぁそれでも遅刻にも限度があって何回も繰り返したり、
終了直前に来たりすると確実に見捨てられるんで注意してください。
今回の話はちょっと遅刻してしまったときにどうしようかという話ですので。

いろいろ言いましたが、そもそもなんでこの話をしてるかというと、
僕が今日寝過ごして約束が台無しになってしまって時間が余ったからなんですね。

いやぁ、考えれば考えるほど、僕って本当に人間として終わってますね。(オチ)

ハロウィン上陸阻止作戦(過去ログ)

評論系雑感
11 /30 2008
つまり日本におけるハロウィンは商業主義の陰謀だったんだよ!!
な、なんだってー!!

完全につかみで失敗したので始めにくいです。自業自得です。
と言う訳で、ハロウィンの話です。
なんか最近堅苦しい話が続いたので軽いノリで読んでください。
日本に海外の記念日がやってくる時はだいたい会社が物を売るために
仕掛けて、それが上手く定着なんていうのが一般なのかなと思うんですが、
(例えばクリスマスとかバレンタインデーとか)
それを商業主義の一言で片付けるのもどうかなと少し思うのですよ。

観念的に言えば海外の記念日はだいたい宗教的なモノであり、
やはり日本に持ってきて祝うのはおかしいのですが、
もう僕が生まれた時はクリスマスもバレンタインデーもあったんですね。

つまりもう習慣として刷り込まれているモノで、
受け入れるというか自分にとって所与のモノなんですね。
だから一方的に否定する意見に理解はできても納得はできないというか、
どことなく狭苦しさを感じてしまうんですね。

しかし一方で日本人はホントに何でもかんでも持ってくるので、
僕としてはそんなに何でも祝いたいなら対日戦勝記念日も祝えば?
みたいなジョークも言いたいんですけどね。

それでもどの辺の世代からそうなのか
それともDNAに刷り込まれてるからなのかは分からないんですが、
日本人の持っている節操のなさみたいなのは認めるしかないのかなと思うんですね。

でも、日本人の節操のなさは決して褒められたことじゃないんですけど、
認めるしかなくて、そして認めたところから僕は始まりたいんですね。

つまり、ここで表題が出てきて、
日本人の荒ぶる魂の最後の誇りとしてハロウィンだけは阻止してやる!!
って言うのはみんなどうよ?って感じなんです。
クリスマスもバレンタインデーも僕達の前の世代の人たちが、
欧米礼賛と商業主義にまんまと乗っかってしまって
記念日にしてしまって僕たちも染まってしまった。

でも、まだハロウィンは完全に定着してないんですね。
僕も調べて初めて知ったんですが、ハロウィンって10月31日なんですね。
まぁやっぱりキリスト教のお祭りでしかもキリスト教内でもそんなに広い地域でやってる訳じゃないみたいなんですね。

ここで未来の子供達のためにハロウィンを阻止するためにどうするか。(大げさ)

みんなも手伝ってもらうとして、まず僕がいろんな人に「これが本当のイタズラだよ!!」と、
イタズラして回るので、その後にみんなが続くという作戦。

これによりハロウィンの本当の恐ろしさを教えるのですが、たぶん僕が逮捕されて、
みんなはそれをニヤニヤしながら見て終了な気がします。
この裏切り者達が!(妄想でキレる)

次の作戦としては、まず僕が全財産を使ってカボチャの買い占めに走り、
みんなもカボチャを買い占めて、カボチャを使わせないという作戦。

これにより物質的な所からハロウィンをできなくさせるのですが、
たぶん僕が無一文なのにカボチャだけ家に充満して、
それをみんながニヤニヤしながら見て終了ですね。
やっぱり裏切るのか!(もはやデフォでキレる)

なんだかんだ言ってもですね、結局僕の作戦は失敗に終わり、
ハロウィンは日本に定着して僕は敗れ去る運命にあるのです。

でもこの文を読んでくれた人は来年以降ハロウィンがあるときにふと、
「そういえば変な奴がいたなぁ」と憶えててくれたら
それは勝利なのではないでしょうか?

いや、やっぱ負けだな。(ですよね)

WBCは北京のリベンジの場である(過去ログ)

評論系雑感
11 /30 2008
野球なんか関心もないし興味もないって感じを醸し出した方が
大人な感じがしていいと思いますが、
でもしゃしゃり出ずにはいられない今日この頃です、どうもこんにちは。

星野監督がWBCの監督を辞退(正確には要請されても辞退することを発表ですかね)してから
混迷していますね。

もういろいろ経緯を説明するのがめんどくさいし、
知っているものとして、何が言いたいのかはっきり言います。
イチローの言ってる事は無理がある。

「大切なのは足並みをそろえること。
(惨敗の)北京の流れから(WBCを)リベンジの場ととらえている空気があるとしたら、
チームが足並みをそろえることなど不可能でしょう」。


これは完全にイチロー側の都合の話なんですね。
普通に考えて、星野監督の采配についてはいろいろ批判されるべきだと思うんですが、
人選は多少星野監督の好みがありますが、
だいたいある程度みんな納得できる布陣だったと思うんですよね。
そうなると、今回のWBCも誰が監督になっても大半は北京のメンバーが選ばれる訳です。
その北京のメンバーがWBCでやられた分だけやり返すと思うのは自然な発想で、
オリンピックとWBCは全く別物だから感情を持ち越さないなんて言うのは不可能だと思うんですが。

それを抜きにしても王者として戦うっていうのは
少なくとも圧倒的に戦力差がある時にしか言えない話で、
3年前だって優勝はしましたけど、
2回韓国に負けてアメリカが負けなかったら予選敗退だった訳です。

つまり下手したら北京以下の結果になってても全然おかしくなかった状態だった
のをイチローはもう忘れてしまったんですかね。

イチローの足並みが揃わないって言うのは、
自分が出場してないから北京のメンバーと足並みを揃えたくないって事ですよね。
もっと言えば3年前と同じように自分中心のチームじゃないとイヤだって事です。
だからイチローは最強のチームを作るならオレ中心にしろって言ってる訳です。

そうなると前述したように北京のメンバーは北京で受けた屈辱を絶対忘れることはないので、
足並みを揃えろって言ってるイチローが足並みを乱すことになる訳です。
そういうイチローのある意味独善的な発言だから
野村監督が「だったらイチローが監督になればいい」って言う事になるんですね。

イチローの言うとおり全く違う気持ちでチームを一丸にさせるとしたら
北京のメンバーはイチローシンパ以外は全員外さないといけなくなります。
でも、そんなメンバー構成なんかできる訳ないから
多分今回のWBCはチームがまとまるのは難しいのかなと思ってしまいますね。
まぁ勝負事は勝つ事でまとまる事もあるので断言はできないんですが。

僕としてはイチローの発言にその通りだって言ってる人がちょっとと言うかイヤですね。
例えば松坂もイチローさんの言うとおりですって言ってるんですけど、
ここでちょっと思い出してもらいたいんですけど、
リベンジって言う言葉を日本で流行らせたのは松坂なんですね。
つまり松坂はリベンジを肯定的に考えてる訳で、
その当時みんな松坂のリベンジに拍手喝采したんですね。
その松坂が今はリベンジじゃないって言ってるんですね。
理由としては結局北京は自分が関わってないからリベンジじゃないってだけなんですね。
ちょっと考えたら北京のメンバーはリベンジしてやろうと思ってるって分かるはずなのに
そこは自分のために無視してる訳です。

最初にも言ったんですけど、やられたらやり返すって言うのは自然な発想なんですね。
キリスト教徒の人は左の頬を差し出すのかもしれませんが、
復讐はハンムラビ法典からの法律の原点で、人に備わってる基本的な考え方の一つなので、
リベンジという感情は認めざるを得ない部分があると思うんです。

要はイチローは星野監督がイヤだって言うのを遠まわしに「リベンジではない」って
言葉で置き換えたんだと思うんですが、これは北京に出た人達に失礼なんじゃないですかね。

そもそもイチローが国を想う気持ちで参加するとか
言ってるのも無理があると思うんですよね。
イチローが本当に国を最重要視してるなら北京にも出てるはずなんですよね。
その簡単な話からもイチローの中で メジャーの個人成績>日本チームって
いうのは分かりますよね。
悪い言い方をしたらイチローにとって見たらWBCは「自分が中心でメジャーが休みなら出たい」って
程度の話だとしか思えないんですが。

貫禄もないのに昔話ばっかりしてすいませんが、
まだプロがオリンピックに出る前にアマチュアで杉浦って言う中心選手が居たんですが、
杉浦はプロに誘われてもオリンピックに出たいからずっと断ってたんですね。
結局杉浦はアマチュアのまま引退したんですが、
国のためって堂々と言うためにはこれぐらいの覚悟が
必要になってくるものじゃないんですかね?

僕としては国際大会はもうプロで足並みを揃えるのは不可能だから
アマチュアに返還するべきだと思うんですが、それにしても今回の話は酷い話ですね。

星野監督が色々言われたのは仕方ないんですが、
それでもオリンピックが終わったぐらいで忘れる程度の話だと思うんですね。
推測で申し訳ないですが、だいたいから言って今
星野監督に凄いバッシングを浴びせてる人達は普段は野球なんて興味もないし
野球に一銭も落とさないような人達なんですね。
逆に野球界というか野球関係者は普通の人よりも
星野監督を本気で尊敬してたり、凄い人だと思ってるはずなんですよね。

野球界でトップクラスの人に異常なほどのバッシングが浴びせられてる現状に
傷付いてるのは星野監督だけじゃなくて、野球界の人達自体も傷ついてるんですね。

おそらく、北京で優勝してたら異常なほどの賞賛があったと思われるんですが、
つまりこれはみんなの注目が集まっている関係で勝ち負けで
オールオアナッシングの比重が高くなってるんですね。
つまり日本代表の監督になる事のギャンブル性が上がってるという事です。

適度なギャンブル性は監督になりたいと思わせるモチベーションを上げるんですが、ギャンブル性が異常に高まるとみんなドロップ(降りる)するんですね。
要はハイリターンなんだけどハイリスク過ぎて誰も監督のなり手が居なくなると言う事です。
今回で言えば、やりたいって言ってるのがバレンタイン監督ぐらいで
(多分自信があるんでしょうけど)もうみんな負けた時の事が怖すぎてやりたくないんですね。

結局強いチームを作れって言う世論の声が大きくなるほど、
監督のなり手が居なくなってチームが弱くなる確率が高まってるのが今の状態です。

僕はロングスパンで言えば星野監督に継続させるのがいいと思います。
まず、1回失敗したので代えるというのはチーム作りが
時間がかかるものだと言う普通の話を考えたら得策じゃないという点。
だってペナントレースで言ったら1年で結果出せって言うのと同じ話で、
そんなのは強運に恵まれてないと無理なんです。
ほとんどの監督が複数年契約を結んでるという事実を
軽視しちゃいけないんじゃないでしょうか。

もう一つは前述したように監督のなり手がいなくなるのを防ぐ点。
いくら星野監督でも2回続けて失敗したら
野球関係者も代えることに納得すると思うんですよね。
納得してもらえないかもしれないですが、次のWBCは負けてもいいんです。
それよりもここで星野監督を切って捨てる方が野球界にとってデメリットが大きいのです。

なんというか、あまりにも全体が短期的な結果に気をとられてる気がするんですよね。
まぁ野球自体が国内の出来事にとらわれて
世界的に普及しないでオリンピックの種目から外されるんですから、
野球界自体の視野も狭くなってるんでしょうけど。

これは最終的にはみんなが野球に飽きるのを待つしかないんでしょうね。
それにしてももういいかげん星野監督を叩くのは止めて欲しいですね。
勝ち負けは大事ですが、異常にこだわるのはちびっ子だけでいいはずです。

これだけイチローに言ってる事に噛み付く僕も子供だとは思ってるんですけどね。
下らない事ばかり憶えてるから生き辛くなるんですね。切ないなぁ。

勉強とはRPGである(過去ログ)

評論系雑感
11 /30 2008
もちろん適当な話である。

勉強とRPGは明確な目標に向かって時間を使って努力すると言う点で
似てると言うところから始まります。
つまり、RPG:ラスボスを倒す は、勉強:試験に合格する に置き換えられる訳です。
同じようにそのための手段として、
RPG:時間を使ってレベルを上げる が、
勉強:時間を使って理解度を高める に置き換える事ができます。

要は時間を浪費しないと目標に到達できない点が同じなんです。

そしてここからどうやって目標に到達するかという話になっていきます。
例えばRPGをやるとして、あまり時間を浪費せずにラスボスを倒したいと思ったとします。
そのためにみなさんはどうしますか?

いろいろ手段はあると思うんですけど、
人に頼らないとしたらとりあえず効率の良いレベルの上げ方を考えますよね。
例えばドラクエなら延々とスライムを倒してレベルアップしたりしないで、
自分達が倒せる中であまり苦戦せずに倒せて経験値が高い敵が居るところで
レベルアップを図ると思うんですよね。

これを勉強に当てはめると、自分が理解してる問題(スライム)ばかり
解いていてもレベルは上がらないので、
自分が基本的には分かってるけど答えが上手く出せない問題(適度な経験値の敵)を
解く方が合格(クリア)に近づくのに効率がいいと言う事です。
ドラクエで言ったらはぐれメタルを探して倒すスタイルを取る人もいるかもしれません。
これは勉強で言ったら試験内容にヤマを張って勉強するタイプに近いような気がします。

とりあえず前提として勉強は時間と効率性の2点の問題だとして考えています。
つまり、試験に受かるためには勉強時間を増やすか
勉強の効率性を上げるか、どちらかをするしかないってことです。

RPGをクリアする事も時間と効率性で説明できます。
ラスボスを倒したかったら、今よりプレイ時間を増やすか
イベント消化の効率性を上げるしかないんですね。

で、時間が制約条件になって、効率性は時間短縮のために必要になります。
時間が制約条件になるのは簡単に理解してもらえると思うんですよね
(1日はどんなに努力しても24時間ですよね)。
もう一つの効率性って言うのはその制約条件である時間をより有効に使うためにあるんです。
例えば1問10分かかる解き方と5分かかる解き方では
後者の方が1問解くのに5分速いのでその分の時間を他の事に回せます。
具体的に言うと10分かかる人が1問解き終わった時に2問解き終われるので、
問題演習量を2倍にする事もできるし、
もしくは余った5分を余暇にまわしてリフレッシュする事もできるので、
速く終わらせるって言うのは凄い有利なんですね。

で、目標に到達するために問題になるのは制約条件なんですね。
ここでRPGの話にすると他の人より早くクリアしたかったら
まず他の人よりプレイ時間を確保して、
そして攻略本を手に入れてその手順でやっていくのが多分最速だと思います
(こんな方法じゃ全然楽しくないっていうのはまた別の話)。
ここでシレッと攻略本っていう新しいツールを出したんですが、
これは勉強で言ったら学習塾みたいなものですかね。
勉強を独学するより学習塾に入った方が
試験のポイントを押さえる事ができるので合格に近づきますよね。
まぁこれはかなり乱暴な話で、独学でやって試行錯誤した方が自分の身になるって言う
意見は無視できない重要性を持っているんですが、
ここではあくまで合格(クリア)の事だけ考えます。

ここでまたRPGの話にしたいんですが、
どの程度レベルを上げたらクリアできるかって言うのは
RPGを良くやる人ならなんとなく分かると思うんですよね。
僕も昔はドラクエをやってたんですが、
多分レベル40~45ぐらいでクリアできたんですね。
これを勉強に置き換えると合格率をA~Eで判定する
大規模な公開模試試験でB判定ぐらいが出てる状態ですかね。
つまり10回やったら6~7回ぐらい受かる状態です。
この辺になるとRPGなら普通ラスボスを倒しに行きますよね。
慎重な人はもうちょっとレベルを上げてから行こうかなと思うかもしれないんですが、
それでもレベル99にしないと倒さないって言う人はあんまりいないですよね。

ここで何が言いたいのかと言うと、
レベルを上げる事にも意味がある時期とない時期があるのではないかという事です。
レベル1からレベル10に上げるのとレベル90からレベル99に上げるのは
レベル的に言ったら10ずつ上がっているので同じですが、
労力で言ったら後者の方が何倍も大変ですよね。
つまりですね、合格圏内に入ってたらその中で1位を目指すのは
合格するという目標だけで言うならあまり意味がないんですね。
まぁ実際なら1位になったら自信になるとかそういう+αがあるんですけど、
そういう要素を無視して合格だけ考えたら1位合格も最下位合格も同じ合格なんです。
で、レベルの話に戻すとレベル1から10への努力(不合格圏内から合格圏内への努力)は
意味があるんですが、レベル90から99への努力(合格圏内から上位の合格圏内への努力)は
前者に比べるとあまり意味がない訳です。

RPGで言うとラスボスが倒せるならそれ以上レベル上げしても、
ラスボスを倒すという目標だけ考えるなら無駄だよねって事です。

ここで「いやいやリアルの受験なら絶対合格するって言う確証はないんだから
合格圏内でも最後まで努力しないと駄目じゃん」っていう真っ当な反論がある
と思うんですが、それ言われちゃうとこの題材自体が全否定なんで
そこは容赦してもらうとして(許して!)、
ちょっと目先を変えて例えば勉強が複数科目だったとします。
国、数、英だとして、各々90、30、60でトータル180点だとします。
ここで合格点が200点だったらどこを伸ばすべきだと思いますか?

もちろん完全な正答は無いんですが、効率性で言ったら数学ですよね。
逆にここで一番マズいのが国語を90点から100点にしようと思うことですよね。
国語を100にしようとするのはRPGで言えば
レベルを90から99に上げようとする、つまり努力の割に見返りが少ない行為です。
しかも国語を100にしても合格点には届かないんですね(190点で不合格)。
国語を100にしたい人はその行為の非効率性と
自分が置かれている状況の二つが分かってないのがマズいのです。
数学を上げる場合、
数学がどうしても苦手な人だったらどうするんだと言われると困るんですが、
数学30を50にする方が普通に言ったら簡単なんですね。
(つまり、レベル1から10に上げるほうが簡単と同じ)
単純な話なんですが、これがなかなかできないんですよね。
みんな得意科目を勉強するのは楽しいけど、苦手科目を勉強するのは嫌なんですね。
ただ敢えて言わせてもらうと、得意科目を重点的に勉強するって言うのは
勉強自体が目的になってしまっているんですね。
RPGで言えばレベル上げが目的になってる状態です。
ゲーム的にはそれもアリなんですけど、
ラスボスを倒すのが目的だとするとそれは時間を浪費してるんですね。
という訳で、ここで苦手科目をやるのが大事という月並みな結論が一つ出ました。

で、ここから学校の先生を出すんですが、先生はアドバイスを出してくれますよね。
結構このアドバイスが適当というか、よくある話として
「とにかく勉強時間を確保しろ」って言われる時があります。
これはRPGで言ったらクリアしたかったらプレイ時間を増やせって言われてるのと同じで、
確かに正論なんだけどそんな事分かってるよって言う話なんですよね。
まぁ確かに勉強だと全然言われてもしない人がいるんで、
先生も言わないといけないんですが。
全然勉強しない人って言うのは、
RPGで言うとプレイしたくないけどクリアしたいみたいな感じですかね。
普通の話なんですがやっぱりクリアしたいなら最低量のプレイは必要なんですね。
あとは、勉強しろって言われても先にも言ったように
レベル90を99にしても仕方ないんですね。
(オリンピックレベルまで行くなら話が変わってくるんですが)
先生がその辺の作業をしてる人に注意してくれる存在だといいんですけど、
なかなかそういった先生は居ないのでこれは多分自分で考えるしかないんですね。
まぁそれでも先生って言うのは、あの手この手を使って僕らにプレイ時間の確保を促して、
そしてそれなりに効率の良いクリア方法を教えてくれる貴重な存在なんですね。

最後になるんですが、RPGと勉強で決定的に違う点があるんですね。
それはハードの影響がモロに出るという点です。
これは残酷な話なんですけど、
記憶力のある人とない人の差はやはり存在するんですね。
パソコンで同じドラクエをやってるのにクリア速度が全然違うと思ったら
向こうは最新型でこっちは10年前の型落ちだったみたいな話で、
そもそもロード時間が違うから勝てる訳ないよねみたいな話ですね。

ここだけ聞くと絶望しそうですが(というか僕も絶望してますが)、
ここでちょっとズルいんですが今まで無視してきた価値を持ち出してくると、
実は別にそんな凄い人達と戦わなくていいんですね。
言葉遊びをすると人生と言う名のゲームは速くクリアすればいい訳ではないし、
そもそもクリアがあるのかっていう話ですね。

つまり、現実で大切なのは自分で定めた目標をクリアすることなんですね。
僕が言ってきたのは、そこに到達するのにちょっと上手くやれば
迷わずに少し早く着けるよっていう話なんですね。
つまり、自分の状態(ステータス)が今どうなのかと
クリアできるレベルをきちんと把握する事ができれば、作戦も練りやすいし、
それだけ速く目標(クリア)に辿り着けるはずです。

しかしこれだけ時間の重要性を言っておきながら
この文に時間を取られてる僕と読み手の人は実はマズいんじゃないかと
ちょっとお互い不安になったところで終わりにしたいと思います。(オチてない)

いちばんきれいないろってなんだろう?(過去ログ)

評論系雑感
11 /30 2008
今頃になって北京オリンピックの話をするのはどうだろうか。

そんなに熱心に見てた訳でもないんですが、まぁ人並みに観てました。
で、各局テーマソングがあったじゃないですか。
他の人も大抵そうだと思うんですけど、
ミスチルの「GIFT」とレミオロメンの「もっと遠くへ」しか憶えてないんですよね。
とにかくこの2曲が他のよりいい曲だったんだと思います。

当然オリンピックのテーマソングなんでですね、
作詞した人はオリンピックをテーマにして作詞してるんだと思うんですよね。

ここから作詞の内容に入っていくんですが、
まぁジャスラックは軽く無視します(いいの?)。
いくら著作権保護だからってあんなに歌詞の転載禁止とかで締め付けてたら
歌詞の論評とか一切できないんで歌詞の内容に対する解釈が深まっていかないんですよ。
その点でジャスラックはマイナスに作用してると思うよ。

大まかな内容としては二つとも同じだと思うんですね。
つまり、「勝ち負けを超えた所に大事なものはあるんだよ」って言ってるんですね。
レミオロメンの方はそれが主に自分との戦いとしてクローズアップされてて、
ミスチルの方は他人との関係に向かっていってます。

そもそも、「一番きれいな色ってなんだろう?」って聞かれても、
現実主義者の人からしたら「は?金に決まってるだろ」じゃないですか。
つまりミスチルはこれを尋ねてる時点で
一番きれいな色って金じゃないんだよねって示唆してるんですね。

その後も白と黒の間に無限の色が拡がってるって言ってるんですが、
つまり白(勝ち)か黒(負け)じゃない道が無限にあるんだよって言ってるんですね。
これは平たく言えば努力し続ける事に価値があると言う事なんだと思います。
これが行き過ぎると元々特別なオンリーワンとか言う世迷い言になるんですが、
ミスチルはさすがの絶妙なバランスでそこまでは行ってないんですね。

ミスチルが指し示す「GIFT」の正体は目標に向かって努力する事で
見せられる価値なんだと思うんですが、
ここでちょっと面白いことに「GIFT」という言葉にはもう一つ意味があって、
「生まれ持った才能」という意味があるんですね。
その意味で捉えると、オリンピックに出られるような才能を持った状態で
生んでくれてありがとう!という身も蓋も無い歌になっちゃうんですよね。

でも、それは一面として事実で才能がない人間がいくら努力しても
オリンピックにも出られないし、見てる側も感動も何も無いですよね。

そういったオリンピックにおける理想と現実の狭間みたいなものが
テーマソングを通して観られるのが面白いと思った次第です。

これからは隔週ぐらいで休みの日にこんな感じで更新できたらと思ってます。
ニーズないだろうけど。

PSYRENは意外と奥深いかも(過去ログ)

評論系雑感
11 /29 2008
なにか気になってPSYRENについていろいろ考えてみました。
単なる推測なんで気楽に読んでください。

まずサイレンドリフトの情報から
Welcome to PSYREN
・あなたはゲームの参加者〈サイレンドリフト〉となる
・サイレンドリフトとはアンケートに答えネメシスQとの契約を交わした者
・このゲームはカードを使い切るまで続く
・このカードは常に携帯する事
・PSYRENの事 サイレンドリフトである事を
 ドリフト以外の者に決して話すべからず
・スタート地点では地図を確認せよ
・塔は危険 力無き者は近寄るべからず
・サイレンドリフトは死して灰となる運命

ネメシスQと共に・・・時を飛び越え
未来を変える旅をするドリフト達に幸あれ―・・・
     
カードを使ってアンケートに答えるとゲームの参加者になる訳ですが、
有資格者は何なのかというと、まずスタート地点の近くに住んでいる人というのが一点。
そして「楽園を望む者」である必要があります。
これは現状に満足できてない人間という意味でいいと思います。
例えば夜科は現状に対して焦燥感を抱いていたので、
違う世界を望んでいたと捉えられます。
同じような理由では、望月が挙げられます。
彼は退屈な人生ではなく刺激的な人生を求めていたので、選ばれたのです。

朝河は「絶対的な力を身につけ・・・テメェ(夜科)を見返してやる」
という想いから参加者に選ばれたのだと思います。

雨宮は現実に悲観して家出した大阪でカードを手に入れているので、
「ここではない何処かへ行きたい」という想いから参加者に選ばれたと思われます。

杉田と蝉谷は金銭的に苦労していたので、「お金が欲しい」という想いで選ばれたと考えられます。
このように、「地域」と「楽園を望む想い」が重なった時に参加者として選ばれると推測されます。
 
サイレンの事をドリフト以外の人間に話してはいけない理由は現在不明です。
またどの程度話すと話したことになるのかも難しい判断になります。
「サイレン」と口に出すのはセーフですが、
サイレン世界が未来である事を話すのはアウトになるようです
(蝉谷が天樹院エルモアに話そうとしたら殺されてしまったため)。

一方でテレビでサイレンを公表しようとした望月は殺されそうになりましたが、
ヴァンの再生能力とネメシスQの手加減により生き残っており、
この辺りの線引きが難しいです。
8話で祭先生は「一つ忠告しておこう・・・!!
サイレンでの出来事を軽々しく第3者に話すのは止めておけ・・・!!
公的機関やメディア・・・家族にも自分が“サイレンのドリフト”であることを
バラしてはいけない・・・!!ネメシスQは許さない・・・
秘密を漏らす者にはヤツの制裁が下るぞ・・・!!」
という発言をしているので、ネメシスQが容赦した原因は不明です。

もっと言うと望月はテレビの打ち合わせ段階で第3者に話していると思われるので
(そうじゃないと放送できないので)、その辺りはよく分からないです。

アラ探しがしたい訳ではないのでこのあたりにしておきます。

次に現在の勢力構図について語りたいと思います。
一つ目はサイレンドリフト達です。
今のところ夜科、朝河、雨宮、望月がそれにあたります。
他にサイレンドリフトがいるのかどうかは不明です。
が、1回目に夜科が未来に飛ばされた時は、雨宮以外初めての人達という構成だったので、
他に2回目以降参加する者がいるとしたら、
ネメシスQの呼び出しがランダムなものであるという事が考えられます。

2回目以降も絶対に全部のゲームに呼ばれるとしたら、
サイレンドリフトは上の4人+初心者ということになるので、
前者の可能性が高いと思われます。次はクリアした人です。
今のところ祭先生以外のクリア者は出てきていないですが、
エルモア、ヴァンが何処に所属してくるかで変わってきます。

エルモアは「人の運命の全てを見抜く異能の力を持つと言われる」ので、
予知能力者(トランスに属する)なのではないかと考えられます。
エルモアが現ドリフト者であると、蝉谷が殺された理由に説明が付かなくなるので、
それはありません。
エルモアはクリア者か能力者でないかどちらかです。

クリア者の場合、ドリフト→クリア者の伝達もアウトであることが確認されます。
つまり、夜科や雨宮がアルフレッドが云々と祭先生に報告しても
ネメシスQの制裁を受けるということです。

能力者でない場合、近くに予知能力者がいるという可能性が挙げられます。
例えばヴァンがそうである場合です。
ヴァンは望月に対してライズを使って治療しているので、能力者であることは確定しています。
エルモアが能力者でない場合、どうしてサイレン世界に詳しいのかという疑問がありますが、
これはクリア者は自由にサイレンについて話していいとすれば解決します。
例えば祭先生から知っている情報を聞けばいいわけです。

二人が繋がっているような場面は今後出てくるかもしれません。
次はネメシスQです。禁人種が何者かのPSIによって造られた生命体である以上、
ネメシスQも何者かのPSIによって作られたものである可能性があります。

もちろんネメシスQという実態が存在する場合もありますが。
彼の行動原理は謎に包まれています。
次に1話で出てきた夜科を拘束しようとした連中の存在があります。
この人たちは現実世界でドリフト達の邪魔をしようとしているので、
ネメシスQに対抗する組織が存在するのかもしれません。

この先現実編で介入してくる存在になるでしょう。

塔に力無き者は近寄るべからずというのは、
逆に言えば力(PSI)が充分に備わっていれば近づいていいということなので、
未来の塔に秘密があるのだと思います。

夜科たちの当面の目的はPSIの力を鍛えて、ゲームをクリアする、
そして世界崩壊の元凶を探り出してそれを阻止することになります。
クリア者がいる以上ゲームで主人公達が死んでしまう展開は考えづらいです。
この先クリア者も巻き込んだ争いに進展していくのではないでしょうか。
最終的には崩壊する場面に出くわす(現代と未来がリンクする)事になると思うので、
舞台は現代に移っていくと思います。

けった

2017年はほどほどに

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