「もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら」の感想

書評
10 /26 2010
もしブツ


中洲のツタヤが空気読みすぎな陳列をしてたので写メってしまいました。

もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったらもしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら
(2010/10/08)
架神 恭介

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と言う訳で、架神恭介著『もしリアルパンクロッカーが仏門に入ったら』を購入し、
拝読させていただきました。いや、ツタヤで直に出会うのも何かの「縁」かと思いまして、
こっそり保護してきたと言う事です。
本書は表紙こそ『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら』
のパクリになっていますが、本格的な仏教入門書になっております。

本書は、リアルパンクロッカーであるまなぶが謎のジジイに出会う所から本書は始まります。
そして謎のジジイと共に時空を越え、仏教の開祖達と出会い、
拳を交えることにより次第に仏教とは何か、について学んで行きます。
読者はまなぶと共に時空を旅する事により、仏教の流れを知る事ができる寸法になっています。
難しい仏教が架神さんによって噛み砕かれて分かりやすく説明されています。

とは言っても本書、かなり難しいです。
とりあえず今までの架神さんの本の中では一番難しいです。
一番分かりやすく書いてあるのに一番分かりにくいです。
何故かというと、仏教って専門用語がかなり難解なんですよね。
一切皆苦、四門出遊、降魔成道、etc・・・

1回聞いて解説を聞いただけで覚えられるほど生易しいものじゃないって事はよく分かりました。
ただ自分としては大まかな仏教の流れを知る事ができただけでもだいぶためになりました。
釈尊から始まって、龍樹、玄奘三蔵、最澄と空海、そして法然、日蓮、禅と続いて行きます。
インドで生まれて中国を経由して日本に入ってきて、そして人口に膾炙していく流れが分かります。
最澄を萌えキャラ、日蓮をギャングスタラッパーと捉えるのは架神さん独自の解釈です。
これで細かく何をしたかを覚えてなくても性質が分かるんですね。
あまり仏教を知らない自分からしたらもう最澄は萌えキャラで日蓮はギャングスタラッパーです。

「もしドラ」も「もしブツ」も両方読んだ自分からすると、
この二つは似ているようでかなり違います。
もしドラはドラッカーのマネジメントをまぶした単なる野球青春小説なのに対し、
もしブツは仏教を真剣に学んだ著者の小説風味の仏教解説書です。
お好み焼きで言えばもしブツは仏教が生地、つまりメインなのに対し、
もしドラはドラッカーがかつおぶしとか青のり程度です。

もしドラの著者は真面目にドラッカーとか勉強してないと思います。
たまたまテレビで観たんですが、もしドラの作者はネトゲで人をまとめるにはどうしたらいいかを
悩んでる時にドラッカーのマネジメントを読んだら参考になったらしく、
それで執筆に至ったらしいのですが、僕としてはネトゲかよと思わずにいられませんでした。
もしドラはいかにも放送作家らしいワンアイデアで表題10割の中身スカスカの本です。

もしドラともしブツ、どっちがためになるかと言いますと、断然もしブツです。
ですがもしドラの売れっぷりを観ていると、内容と売れるかは別物なのかもしれません。
もしブツは大学の本屋で売れそうな作品です。
もしドラぐらい売れたら素晴らしいんですが、それがどうなるかは分かりません。
ただはっきりしてるのは10年後どちらが残ってるかと言えばそれはもしブツです。
つまりもしブツはロングセラーになる可能性を秘めていると思います。
皆さんももしブツを買って仏教の奥深さに嘆息しませんか?
とお誘いして終わりにしたいと思います。

と思ったんですがここからねじっていくと、
本書はいつもネコパンチしかしてこないかがみさんにガチで殴られたような敗北感があります。
おいおい、話が違うよみたいな。

いつもかがみさんの本は焚書にすべきだと思ってますし、そう周りには指導してますし、
実際自分でも焚書にして暖を取っているんですが、
もしブツは分からなかった所があるだけに燃やしにくいんですよね。
本書はファッション仏教じゃないんですよね。ガチなんですよね。
これは僕の勝手にイメージしてるかがみさんと違うのです。

かがみさんは「所々間違ってる所がある」とか「龍樹の解釈が古い」とか
専門家とか好事家に言われたら、そんなの知るかよクソッタレーって言って
ギターでぶん殴るべきだと思うんですよね。
間違ってるのはお前らだよ(笑)みたいな感じで居丈高に振る舞って欲しいんです。
そう言う意味では非常に礼儀正しい本なのが逆に勿体ない点です。
僕はかがみさんには永久に専門家とかに評価されるようになって欲しくないんです。
奴らに命を狙われるぐらい嫌われてて欲しいんです。
延々と願望を書きましたが、是非こっちの方向を目指して
これからも邪道を邁進していって欲しいなぁと思う次第です。

ではでは、そういった所で。
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心が雨漏りする日には

書評
04 /23 2010
心が雨漏りする日には心が雨漏りする日には
(2002/10)
中島 らも

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奥さんの方よりこっちを先に読むべきだったよね、うん。

と言う訳でエッセイストであり、劇作家だった中島らもの病気にまつわるエッセイ。
アルコール依存症で躁状態と鬱状態を繰り返していた中島らも。
その中でも冷静に自分の症状を振り返りネタにするあたりにプロ根性を感じた。
おもしろおかしく躁状態の時の事を書いているものの、
奥さんのエッセイを読んだ今となってはガチでシャレにならない状態だったと知っているのでやや困惑。
それでも憎めないタッチで自分の病気を書いている。

実は中島らもはずっと気になってはいたんだけど、読むのはこれが初めて。
非常に読みやすいエッセイで驚いた。もっと癖があると思っていたので。
なんとなく関西系だから敬遠してたのだろうか。笑いは松っちゃんの笑いに近い。

非常に本人が生真面目で、酒を飲まないと文のマス目が埋められなくて
締め切りに間に合わないから酒を飲みながら仕事してたらしい。
それでアル中地獄に。吾妻ひでおもそうだったけど、
真面目な創作家が酒に溺れるとたいてい悲劇が待ち受けてる。
しかしこの人にとって見たら病気は芸の域に達していたのかなと思う。
飲まずには書けなかったみたいだし。

それで遠巻きにいるファンを幸せにして、奥さんや身近な人物を不幸にした中島らも。
病気をわざと治さずに生きるって言うのはそういう結果を引き起こすのかもしれないと思った。

らも―中島らもとの三十五年

書評
04 /17 2010
らも―中島らもとの三十五年らも―中島らもとの三十五年
(2007/07/26)
中島 美代子

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作家中島らもの奥さんが中島らもとの結婚生活をまとめた本。

この夫婦は変わっていてお互い素直になれなすぎて哀しい。
お互い干渉しないという大テーゼが2人にあってお互いが何をしても止めない。

酒を浴びるように飲んでアル中と躁鬱病を患った中島らもに対しても
奥さんは酒を止めるようには言わない。
それをらもが作った劇団の座長=不倫相手のようなものに咎められたりする。
結婚したての頃はお互いシンナーを吸ってて、
そういった薬物仲間が中島家にたむろして中島家は魔の巣窟だったらしい。

肉体関係も無茶苦茶で、中島らもが連れてきた友達と奥さんに寝るように指示する。
で、実際にそれをしてしまう。その後でそれに怒り狂う中島らも。

完全に矛盾をきたしているのだが、結局お互いが素直に独占欲を発揮できなかったのが駄目
だったのではないだろうか。自分だけを見て欲しいと言えれば良かった。
自由第一の生活が2人の関係をねじらせてしまった。

しかしお互いがお互いを憎んでいたかと言うとそうでもなく、不思議な関係が継続していたと思う。
傍目には破綻していても二人にしか分からない絆というのが存在するのかもしれない。

夫婦とは何かを考えるには反面教師的に良い本だと思う。
独身の僕が言っても説得力はないが。

卒業式まで死にません

書評
04 /17 2010
卒業式まで死にません―女子高生南条あやの日記卒業式まで死にません―女子高生南条あやの日記
(2000/08)
南条 あや

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メンヘラ系ネットアイドルとして名を馳せていた南条あやが自殺後に出された本。
雑誌に掲載された記事と日記で構成されている。

リストカットしてみたり精神薬を大量服薬したりしてる自分をあっけらかんと書いている文が印象的。
実際重い問題なんだけど、「人に見られている文章」という事でそうなっているのかなと。

それだけ南条あやに自意識過剰な面はあるんだけど、同時にサービス精神があるので文章が読みがいがある。
ただそのサービス精神が「もっと深刻な事やれば喜んでくれるんでしょ?」という所に繋がって、
死を早めてしまったのかもしれない。

南条あやはタイトル通り卒業式後に大量服薬で自殺するんだけど、量としては致死量ではなく、
今までの度重なるリストカットと大量服薬で心臓が弱ってたのが原因だったらしい。

つまりあっけらかんと自殺未遂に終わっていた可能性も十分あって、
そういう意味では太宰治の死に方に近い。
死のうと決意して行動するんだけど、
失敗して生きてたら「あーまぁそんなもんかぁ」程度の感慨しか抱かないような。

たぶん生き残ってたら南条あやは似たような事を繰り返しながら
のらりくらりそれなりに楽しく生きているのではないだろうか。

あーいったタイプの人たちにとって生きている事と死んでいる事にはそれほどの差がないのだと思う。
ただ周りに構ってもらいたいって気持ちは非常に強いんだろうけど。

こういうのを読むと生きるとか死ぬとかあまり深く考えない方が正しいのではないかと思う。
自分たちはここに「生きて存在している」訳で、それは誰にも否定できないのだから。


もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら

書評
04 /14 2010
もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだらもし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら
(2009/12/04)
岩崎 夏海

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これはワンアイデアとタイトル勝ちの一作だなぁと。
(アイデア=ドラッカー+JK)
中身は小説なんですが、ビジネス書のカテゴリに入れられたのがデカイ。
ビジネスマンはドラッカーでキャリアアップ(笑)ですものね。

小説としては非常にベタな青春野球ドラマで、悪い意味でなく、本当に癖のない話。
これにドラッカーから学びましたって言われると、
ドラッカーって別に変わった事言ってなくね?と言う事になってしまうのだがどうなんだろう。

言ってる事としては適材適所が大事だよねが一番印象に残りました。
でもこれってドラッカーじゃなくてもまぁ普遍的な事実ですよね。
モチベが大事とかも普通だし。

作中最初で顧客とはだれかという問いが問われるのだが、
ここが一番野球と絡めるのに苦労してたかな。
いろいろいるけど結局俺たち部員がそうなんだよ!と言っていたが、
それは結構苦しかったと思う。部員が満足すればいいって話でもないし。
この辺はビジネスへの応用は難しい。

後輩に借りて読んだのだが、買っていたら値段で後悔していたと思う。
(実は買って読もうかなと思っていた)
1680円は高いっしょ。500円くらいだと思う。

まさにベストセラーな一作だと思うので、
みなさんも僕のように踊らされて読んでください。
できれば借りて。

完全パンクマニュアル

書評
04 /10 2010
完全パンクマニュアル~はじめてのセックスピストルズ  架神恭介+辰巳一世 共著完全パンクマニュアル~はじめてのセックスピストルズ 架神恭介+辰巳一世 共著
(2005/01/25)
架神 恭介辰巳 一世

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呆れた。

1ページで2回呆れたので、200ページで都合400回呆れた事になる。
よくもまぁこんなに呆れたものだと自分でも感心する。

が、これはかがみさんの思い通りなのだ。読者が口をあんぐりさせながら呆れつつ読み、
最後は家の窓から投げ捨てるのを想定してこの『完全パンクマニュアル』は書かれている。

完全パンクマニュアルとはあるものの、内容はパンク=セックスピストルズと断定し、
セックスピストルズならこうするという行為=ツッコミどころ満載の反社会的行為を繰り返せと本書は言う。

しかしそもそも考えて欲しい。『完全パンクマニュアル』、このタイトルがすでに矛盾をきたしている。
パンクロッカーがなにをどうしたらパンクロッカーへのなり方をマニュアル本で学ばないといけないのか。
つまり投げ捨てられる事を初めから想定してこの完全パンクマニュアルは作られているのだ。
パンクを極めるには完全パンクマニュアルを投げ捨てなければいけない。
言ってみればボールと同じだ。つまりこれは本ではない。ボールだ。
これから読む人はグローブとバットを準備して欲しい。レッツプレイベースボール。

最後に、かがみさんの本は本当にレビュアー泣かせだなぁと思います。

新世紀エヴァンゲリオン 12巻

書評
04 /03 2010
新世紀エヴァンゲリオン 12 (角川コミックス・エース 12-12)新世紀エヴァンゲリオン 12 (角川コミックス・エース 12-12)
(2010/03/31)
貞本 義行

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結論としては、感動して背筋がゾクッとする事数度。
アスカの復活、ミサトさんの活躍、そして死。

ですが、この感動は追憶の感動なんですね。
内容も95%はアニメと同じで、10年以上前感じた感動を反芻してるだけな気がして、
少しブルーになりました。
ああ、僕はいつまでも引きずるのかなぁって・・・。

だいたい土台まっさらな気持ちで読んでる人ってほとんどいないハズで、
みんな展開は分かってるハズなんですよね。
それでも感動してしまうエヴァクオリティというか、人間の懐古力といいますか。

アニメで有耶無耶にしてた使徒と人間、アダムとリリスの謎が明らかになってましたね。
「そうだったのかー」ですが、すっきりした反面、
タネが割れてしまえばどうと言う事はない話でしたね。
そういう意味では徹底的にボヤかした庵野監督はクレバーだった言えると思います。
貞本先生は正直すぎですね。

それにしてもミサトさんとシンジのキスシーンは微妙な気持ちになりますね。
ミサトさんが本当にキスしたかったのは加持さんな訳で、もう誰でも良かったって事ですもんね。
シンジじゃなくてもよかったのに大人のキスとか言ってその辺ごまかしてるのが気に入らない、
というかミサトさんは全編にわたってズルいから苦手なんですけど、
このマンガではキスシーンの後の次の話の扉ページが
ミサトさんと加持さんが全裸で抱き合ってるシーンなので、
やっぱり貞本先生は正直すぎな気がしないでもない。

買うべきか買わないべきかと言う話になると、もう買う人は買ってるでしょうし、
買わない人は無関心かいつまでやってんだって事でしょうから各々自己判断で。
最初のカラー3Pだけで買った甲斐があったと思った僕はもう体中エヴァに毒されてるんでしょうね。
しょうがない、アスカだからしょうがないだよっ。

かがみさんの著作のレビューなど

書評
03 /22 2010
よいこの君主論/完全覇道マニュアル

5年3組を統一するのは誰なのか!
というマキャベリの君主論を教室の主導権争いを例に分かりやすく書いた一品。
とにかく全員のやり方が汚い。すがすがしいほどに汚くて、
上も配下も自分がのし上がる事しか考えてない。
個人レベルに落とし込むとこいつら最低だな・・・で済むのですが、
国家レベルになると確かにこういった
権謀術数のオンパレードだとマキャベリは言いたかったのかな。
最後にりょうこちゃんとかおる君が結ばれたのは
この作品は壮大な二人のラブロマンスだったという見方もできるな。
と、思ったけども愛を否定し続けたりょうこちゃんの変節は
強烈な皮肉なのかもしれないとも思った。

少女マンガから学ぶ恋愛学

少女マンガから恋愛を学ぶ事によってあなたも非モテからモテモテに大変身!な一品。
これは少女マンガじゃなくて新條まゆから学ぶ恋愛学と言っていい。
なにしろ、33例のうち14例がまゆたんなんですもの。
(2位が車谷晴子で6例、3位がしがの夷織で5例)
というか上位3人で25例なので、この三人のマンガがおかしいだけなのではという
あらゆる意味でツッコミ待ちな作品でした。

完全HIPHOPマニュアル

ヒップホッパーの格好は出自が由来してるんだから、
日本人がやるなら袴だろう!というワンアイデアを膨らませた一品。
なぜか読み進めるとヒップホップよりも日本史や世界史に詳しくなる不思議。

基本的にかがみさんの著作はツッコミ待ちだと言うのがよく分かりました。
故に突っこまない!!
完全パンクマニュアルはまたゆっくりと読みたいと思います。

相対化と絶対化の狭間で~架神恭介/辰巳一世 『完全教祖マニュアル』を読んで~

書評
11 /25 2009
かがみさんの本を読むのは初めてなのですが、
おどろくほど納得できたので自分でもビックリしました。
今まで読まず嫌いだったのかもなぁと反省したのですが、
最後に挙げられていた参考文献も90冊(!)にのぼりますし、
辰巳さんと分担してるとはいえ相当宗教を勉強されたんだなぁと本当に素直に感心しました。
ゲームやってるだけじゃなかったんだね!

本書は教祖への道を教えるマニュアル本なのですが、
タイトルはかなり秀逸でニヤニヤしながら読み進めました。
特に第七章の甘い汁を吸おうというタイトルはお気に入りです。

しかも本書はニヤニヤしながらも宗教の知識が身につくというスグレモノです。
宗教の入門書としては、邪道に見せかけて正道なのやもしれず、
かがみさんの罠に良い意味でハマってしまいました。
これまで正直ゲーマーだと思ってたんですけど作家だったんですね!

多少子細に見ていくと、
「教祖になるのは人々をハッピーにするため」という主張には大いに頷きました。
元来宗教は人を幸せにするために存在するものだと思うからです。
「その人が幸せならそれでよい」と僕も基本的にはそう思ってます。
(そう思ってない部分もあるんですけども)

また科学信仰を批判していたのは意外だったのですが(でも完全に同意です。GJ!)、
よく考えたらかがみさんはバリバリの文系なので自然科学信仰とは無縁だったなぁと思いました。

なぜかがみさんは科学信仰してるんじゃないのと勘違いしてたかと言うと、
科学信仰者とかがみさんの共通点としては非常に合理的だと言う点があります。
そういった合理的視点で、本書は宗教の合理性が再度に渡って語られています。
僕もかがみさんの言うとおり、宗教の教条は非常に合理的だと考えられます。
(詳しくないですが、本書にも書いてあるとおり仏教なんて特に)

そして超越的思考を謳っているのに宗教は世俗にまみれているとも本書は言います。
僕も全くその通りだと思います。
生きていく以上どうしても飯のタネが必要になるのであり、
それはキリストだってムハンマドだって変わらなかったはずです。

本書が分かりやすい理由はここにあるのではないでしょうか。
「合理的」で「俗っぽい」宗教。
まさに現代人にうってつけのものではないですか!(少々皮肉っぽく)
本書で述べられている宗教は
「非合理的」で「神聖」な訳の分からない宗教よりも断然に分かりやすいものです。
現代に生きる我々はかがみさんの語る宗教に親近感を感じること間違いなしだと思います。
そして同じ現代に生きる僕もこういった合理的宗教解釈に非常に引きつけられ、
同意し納得しました。(ホントに)

で・す・が(こっから反論するのサイン)

結局本書は宗教を分かりやすくするために我々の身近な所に引きずり下ろそうとしています。
そして分かりにくい部分は引きずり下ろす時にカットしています。
これがわざとなのかそうじゃないのかは判断が難しいのですが
なぜカットになったかと言うと、
説明できない部分は説明しても意味がないとするのが「合理的」だからです。
合理的なかがみさんが合理的な判断をするのには特に理由はありません。
その判断は「合理的である」という事で簡単にチョイスされます。
かがみさんが本書でネタにしてるのと同じ事をするならば、
「合理」という信仰がここにあるということです。

「ムハンマドが言ったから」「合理的だから」
全く違うようですが、判断基準になっているという点では同一です。

一体「合理が正しい」という前提が合理的だとは誰が決めるのでしょうか?
自分の答えを自分で言ったようなものですが、
前提とは常に仮定であり、「正しいと言うことにする」と言うことです。
そこから演繹されて論理が生まれるのですが、
自然科学だろうと社会科学だろうと、
突き詰めれば「前提が正しいのかどうか」を問わざるを得ないのであり、
そういう意味ではいつかは宗教的次元に肉薄するとするのが妥当なのではと思います。

本書に戻りますと、
何度も「本書を信じなさい」と書いてあるように本書は聖書であるとかがみさんは言います。
しかしもう少し言うと本書は聖書のパロディなのであり、不信心な信心書なのです。
なぜならかがみさん自身は『完全教祖マニュアル』を信じていないのです。
これがマニュアル本でないのはかがみさん自身が本書を実践していない事からも明白です。
実践者なんて一人もいないのはかがみさんも承知でやっているのですが、
そうだとこの本は消費されると読者の中でそこで終わってしまいます。
「それでいいのだ」と言うことなのかもしれませんが、
僕には少し物足りなさが残りました。

かがみさんは超常的現象を一切信じていないのであり、
このままだと信仰とは永久に平行線を辿るのではないかと思われます。
かがみさんは宗教という価値の絶対化へ歩み寄ろうとしないのであり、
徹底した相対主義な観点から本書は書かれています。

しかしながらすべてが「人それぞれ」であったとするならば、
その人が選び取る行動はなぜ選び取られるのでしょうか?
完璧な相対主義者は何も判断できないはずです。
なぜかというと自分と他人の行為の優劣が付けられないからです。
そして無自覚な信仰者は自覚的な信仰者よりも遙かにタチが悪いです。
彼らは自分たちが正しいと言うことに全くの疑問を持たないからです。
自分の判断に全く疑問を持たない事が狂信でなかったら一体何が狂信なのでしょうか。

個人的見解を述べると、「スピリチュアルにも一分の理あり」と言うことにしたいのです。
なぜなら自分は人間の認識に絶対の信頼を置けないからです。
つまり神は「いないとは言えない」存在なのではないでしょうか?

不可知論者の眼前には悪夢や絶望は存在しません。しかしまた愛も夢も希望も存在しないのであり、
事実しか存在しない世界というのも多分に退屈なのではないでしょうか。

「宗教のオカルト的な面は気持ち悪いよね」と言うのなら(いや完全に同意なんですけど)、
「真剣に祈ってる人はなんだかバカにできないよね」とも言わないと
片手落ちなのではないかとどうしても思っています。

今度の宗教関連の本では、
是非「聖なる感覚とは何か」についてかがみさんに語ってもらいたいと思っています。

「それ語ってもらった方が宗教チックで布教しやすいですし」

と軽口を叩いてこの駄文を終わりにしたいと思います。

けった

月曜日の夜、スカートを直した

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